カウンターの向こうから2人の話し声が聞こえてくるのは,火が点いているのに換気扇が回っていないためだった。
にもかかわらず,店内は寒い。
「あんた,まだ早いわよ」
初老の婦人が連れ合いにいう。
「もういいだろう」
薄くなった頭髪を脂でぺたりとさせたまま,その前に選択したのはいつだったかすっかり忘れてしまったかのように薄汚れた作業着を着けた,こちらも初老の男が答える。
「硬いわよ,それじゃ」
婦人が菜箸で麺をつまみあげる。
「ほら,まだよ」
「そうかぁ?」
と,婦人はくしゃみをはじめ,つられるように男も鼻をかみ始める。二人して咳き込みながら,麺が茹で上がるのを手持ち無沙汰で待っている。
ラーメンをつくるのが,これほど簡単なものであることを知らなかった。
「何か舞ってない,このあたりに。舞ってるわよ,これ。ぜったい」
男は答えるかわりに何度目か咳き込みだ。
どっきりカメラに違いない,これは。
昼時に客が誰もいない店に入ったのが間違いだった。
しばらくして出てきたのは,中心がピンク色のチャーシュー2切れとシナチクがささやかに添えられたスープに浮かぶ太麺の塊り。
なんだか,とても栄養のバランスが悪い雰囲気があたりに漂う。
ラーメンはドラッグだ,といったのは誰だったろう。少なくとも私は昼飯を食べに入ったのであって,ドラッグを啜りにきたのではないのだけれど。