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テルミニ駅から夜行電車でミラノへ明け方に到着する。弟が勤める店に連絡を入れ,行き方を尋ねて向かい,一休みする。昼前にはそのあたりまでこなすのは可能だろう。漠然と考えていた計画はそんな塩梅だった。

というのも成田からソウル,アムステルダム経由でローマというのが行きの航空チケット,帰りはミラノから夜行電車でパリまで出てパリから成田の航空チケットを確保した。ミラノ-パリ間の夜行電車があるのだから,ローマ-ミラノ間だって夜行電車が通っている筈だ。Thomas Cook European Rail Timetableがバッグのなかに入っているわけでもない。だから,これは花井薫並みの自信をもってしまっていた頃のことだ。

テルミニ駅からはあまり離れたくなかった。時差ボケで中途半端な時間に眠ってしまった日には明日,ミラノ行きの電車に乗り過ごしてしまうかもしれない。優先したのはそんな感覚だった。駅に着いてから1時間ほど,怖いと煽られたテルミニ駅で私は囲まれるどころか旅行者と見られなかったかもしれない。では,どう見られたのか。たまたま夜遅くにテルミニ駅を通りかかった地元の人間。

人波にとけこんでしまうからだろうか,ローマ,ミラノ,フィレンツェ,パリ,ヴェネチア,ロサンゼルス,ニューヨーク,上海,シンガポール,そこここかしこで地元住民に間違えられた。着ている洋服のせいかもしれないし,他に何か理由があるのかもしれないが,わからない。

コンコースを横目に見ながら草臥れた建物が並ぶほうへと吸い寄せられていく。石造りの古い建物の2階にフロントがある小さなホテルを見つけ,とりあえず,そこへ入った。パスポートを預けさせられた以外,まったく何の問題もなく部屋を確保できた。このあたりの記憶があいまいなのは,たぶん私なりにストレスを感じていたのだろう。部屋に入り,シャワールームを確認すると,少しだけ水を口に含んだ。不味い。飲むものじゃない。
シャワーを浴びてベッドに横になったはいいが,窓越しに駅を行き来する車のライトと人の声が止むことはなかった。それでなくても時差ボケで眠気はほとんどない。頭の芯が疲れていて,にもかかわらず緊張しているのがなんだかとても嫌だった。嫌だからといって逃れられるわけもなく,少し眠った後,結局,6時過ぎには起きてホテルをチェックアウトした。

さて,私が泊ったホテルはどこだったろうか,とネットで検索しようにも,どこにも出てこない。このシリーズを書いていくのに,ほとんどネットの情報が役に立たないことを痛感する。

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