草いきれ


5月5日の朝,一気に草いきれを充満させた教育の森公園に並ぶ石畳の道を下っていってから1か月。6月だというのに,すっかり夏のような一日だった。2年を経て,石畳に干からびたミミズを目にするのには慣れたものの,草いきれにはいまだ戸惑う。

『1Q84』の第1巻はもう少しで読み終わる。文庫本ならば2冊目も携えていくのだけれど,ハードカバー2冊を鞄に入れていくのは躊躇われる。

日野啓三が『夢の島』,『抱擁』を刊行したのは今から30年くらい前で,何をとちくるったのか,ピーター・ガブリエルならまだしもフィル・コリンズのソロアルバムの曲を登場させた作品を書いて,すっかりロックリスナーの信用をなくす少し前のことだった筈(その後,検索してみたところほぼ同じ時期だったようだ。マラソンしながらU2を聴くなんてとんでもない小説もあった記憶があるので,新聞記者あがりの小説家にしては雰囲気をあてることだけには長けていたと思う)。

『抱擁』というのはゴシックロマンスの体裁をとりながら,当時,もてはやされた都市小説の衣までまとわせた小説で,全体の雰囲気が気に入って数回,読み返したことがある。今,読み返したらさすがに古いと感じるに違いない。

『1Q84』を読みながら,何年振りだろう,日野啓三の小説を思い出した。ある箇所は小林恭二の小説っぽかった。そういう意味では昭和60年前後の記憶につながる何かがあれこれ放り込まれているのだろう。『1Q84』ではなく『昭和60年代』(売れそうにないタイトルだ)。

いや,石畳の草いきれで『抱擁』をどこかで想像したのかも知れないと記憶をたどったのだけれど,関係はない。草いきれというと,トルーマン・カポーティの『遠い声 遠い部屋』だ。それ以外の小説は,私の記憶ではつながらない。

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