1979


このエントリーで大槻ケンヂについて書くのはどうかと一瞬考えて,その先を整理せずに,新規投稿を捲った。

昌己を経由してだったろうか,1986年に筋肉少女帯の音には接していたはず。実際に目にしたのは年明け,後楽園ホールで子どもたちのcityをみたときのことだ。P-MODELを目当てに昌己と出掛けた。P-MODELはトリ前で,思えば荒木の脱退ガラパゴスの待ち伏せ男の前,最後の演奏だった。といっても,ガラパゴスには出掛けたのだけれど。

まだ,みのすけがドラムで,演奏能力云々よりもリズムアレンジが琴線に触れる。途中に6/8のリフが混ざると途端,格好よく感じてしまうのは,赤い公園に嵌った最近まで変わらない癖。それほど長いステージではなかったものの格好よかった。全体,予定より押していた記憶もある。

チケットぴあのばばあ(別称:天使)が間違って発券してしまったライブの会場は渋谷ライブインで,その日は筋肉少女帯のライブだった。1987年のことだから,あれから四半世紀が経っている。いまだ,10数年前くらいにしか感じない。オープニングはケラ抜きの空手バカボン=空手アホボンで,“バカボンと戦慄”はもちろん演奏した。続いて筋肉少女帯の演奏がはじまったのだけれど,後楽園ホールに輪をかけて格好よかった。長尺の“いくじなし”は,ストーリーがすっと思い浮かぶようにクリアに耳に入ってくる。繰り返すようだけれど,みのすけのズンドコドラムは悪くなかった。(つづきます)

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