四半世紀


大学がある町に降りたのは四半世紀ぶりだ。電車で日光に出かけたとき,何回か通過したことはある。だから駅が大きく変わったことは知っていたものの,実際に降りてみると,あまりの変わり様に唖然としてしまう。

線路の高架化によって,駅の東口と西口が行き来できるようになった。地方銀行と,しまい忘れたかのように埃と重力で打ちひしがれた吊るしを飾る小さな洋品店のみの,鄙びた通過駅の駅前でしかなかった東口がおそろしく開発されている。西口は昔からの道は変えずに,建物ごと,それもぽつりぽつりと建て替わっているものだから,立っているだけで記憶が混乱してくる。変わらない建物と,見覚えのない建物。大学へ通じる道のまわりはほとんど変わらず,川をまたぐ狭い橋も,渡りきった土手の景色も変わらない。ところが校内には見慣れない校舎が立並ぶので,ここでも記憶が混乱する。

ゼミの教授の最終講義に出かけた。世話になった記憶といえば,精神科のアルバイトを紹介してくださったことくらい。卒論も,就職も,もちろん私が相談しなかったこともあるけれど,相談に乗っていただいた覚えはない。いつも淡々とした先生だった。当時はあまり懐に飛び込んでいくような対人関係を築くことが得意でなかった。いきおい,適当な距離を保ち,大学時代をやりすごした。

最終講義をメモもとらずに聴いていた。「真善美」はあまり好きでないので「真愛美」とか,自己実現はそのプロセスを指すとか,抵抗感なくスッと入ってくる言葉の数々。教授に対する印象はまったく変わらなかったけれど,教授の言うことが,以前よりは少し腑に落ちた。

何せ勤めてから45年。どれだけの卒業生を送り出したのかわからない。200名を越す卒業生が集まった。懇親会までは出たけれど,それでも100名を越す参加者。必ずしも人望のある教授ではなかったと思う。なおさら,そのことに驚いた。

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