第2期


【1】――(前略)『リンゴォ・キッドの休日』も,映画から始まった企画なのでしょうか。 矢作 あれは,横須賀を舞台にした映画をつくろうと思ったんだけど,どうやってもお金が集まらなくてさ。当時坂本万里さんという人が僕が関係していたラジオ番組の制作会社に時々顔を出していて,その人に映画をつくりたいけどお金が集まらないと言ったら,どこかの小説の賞に応募して賞に入れば賞金がもらえるだろうと言うから,あわててそれを小説に書きなおしたんだ。それが『リンゴォ・キッドの休日』だよ。結局,最終選考まで残って落ちたんですよ。普通の人なら,こうなったら絶対に通るまでやろうと思うかもしれないけど,僕は同じ事を二度する気はないから。それでもっと楽な方法はないかなんて考えてた。 矢作俊彦インタヴュー,p.19,nobody,No.19,2005.

【2】(前略)『リンゴォ・キッドの休日』も,初めはオール讀物新人賞に出せっていわれて書いたんだ。そしたら,それも落ちた。それで頭に来て落ちたやつをそのまま『ミステリマガジン』に載せた。 矢作俊彦インタビュー年譜「小説家になんてなりたくなかった」,p.76,別冊・野性時代,1995.

二村永爾シリーズ第2期は,「ミステリマガジン」1976年12月号,翌77年1月号に分載された中篇「リンゴォ・キッドの休日」で幕を開ける。矢作俊彦の小説ではたぶんはじめて,物語が一人称で展開される。語り手である二村永爾は,その後,40年にわたり矢作俊彦の小説の主役の座を譲ることがない。小説家自身,そんな未来を描いていなかったかもしれない。

休日の警官が個人的に相談を受けた事件だ。この,やや込み入ったシチュエーションを編み出したことで,二村永爾の目を通して語られる一連の小説は,わが国の旧来の私立探偵小説,松本清張の小説よろしく決して魅力的とはいい難い警察官の捜査による小説,いずれからも距離を置いた場所で,モラルの移行に眼目をおいたレイモンド・チャンドラー直系のハードボイルド小説として位置づけられることになる。単行本化を経て後にハヤカワ文庫に収載されたときのオビの惹句「二村永爾の歩く道はマーロウの歩いた道だ」は決してオーバーな表現ではあるまい。

チャンドラーからの引用をはじめ,今日に至るまで<比類ない>と形容と称される矢作俊彦の文体は,すでに完成されている。もしかすると,ラジオドラマの脚本をこなすなかで,魅力的な一人称の文体をつくっていったのかもしれないけれど,すくなくとも10数年にわたり,この文体を武器に矢作は魅惑に満ちた小説を発表していく。連載ではダディ・グースのイラストが華を添える。 
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