伊藤計劃


息子が,今から七年前,右足の膝から下を司る神経に癌が見つかり,手術をしまして,右足の感覚を失いました。それから三年ちょっとは癌もお となしく(し)てたんですが,今から二年ちょっと前に両肺に転移が見つかりました。そのとき息子は,「両足がなくなってもいいから,僕はあと二十年,三十 年生きたい。書きたいことがまだいっぱいある」と申しておりました。『ハーモニー』は,苦しい抗癌剤と放射線の治療の中で書き上げられたものでございま す。

三月二十日に亡くなるだいぶ前から,食事も水もあまり摂れない状態になっておりましたけれど,亡くなる日の夕食に大好きなカレーが出て,少し食べてみる と言いまして,スプーンに十杯くらい食べたんですね。それから一時間ぐらい経ってから,床ずれを防ぐために姿勢をちょっと変えたとたん,すーっと意識がな くなって,そのまま亡くなってしまいました。

お腹が空いたまま逝ったら,三途の川も渡れなかったんじゃないかと思いますが,最後にカレーを食べたので,今帰ってこないところをみますと,なんとか向こうにたどりついたんじゃないかと思います。応援くださった皆様,おつきあいしてくださった皆様,本を読んでくださった皆様,ほんとうにありがとうございました。

夭逝した小説家・伊藤計劃の『虐殺器官』(ハヤカワ文庫)を捲っていて,大森望の解説に記されたこのくだりが,小説にも増して胸を打つ。まねできはしない。

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