ルポ精神病棟


大熊一夫の『ルポ精神病棟』を読んだのは1980年代の初めのことだった。

風邪ひきのなか,手持ち無沙汰にと弟が,どうしたわけか中井英夫の『虚無への供物』を買ってきたのを契機に,真っ黒かった頃の講談社文庫で夢野久作の『ドグラマグラ』(上中下),小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』,日影丈吉の『幻想博物誌』まで行って,中井英夫に戻ったことを覚えている。

後にYBO2がカバー(というのだろうか)した『ドグラマグラ』の“阿呆陀羅経”“狂人の開放治療”が魅惑的に感じられたのは時代のせいもあるのだろうか。反精神医学の本をつらつらと読んでいると大熊一夫の『ルポ精神病棟』に遭遇した。たぶん,同時代で似たような読書体験をもっている人は少なくないと思う。

その後,矢作俊彦の小説に嵌り,古本屋で「ミステリマガジン」のバックナンバーの山から掲載誌を漁っていたときに連載「真夜半へもう一歩」に出会った。
だから,この小説が大熊一夫のルポをネタにした社会派の体裁をとっていることは,まだ19,20歳の私にも理解できた。

単行本としてまとまったのは数年後。宇都宮病院事件が発覚した頃のことで,あとがきの一文が指す意味は,リアルタイムで追いかけていた者には伝わったと思う。

にもかかわらず,この小説が精神科医療と絡めて論じられた文章を読んだ記憶はない。あげくの果てに,福田和也経由で“新人類の”云々と思考停止したかのような文章ばかりが幅を利かせる。

いやはや。

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