電線


やがて電気が来た。真っ先に戯台に電灯がともった。 灯りより電線が彼に希望を与えた。電線にはひとつの確かな行き先があった。道や川と違って、必ずどこかと繋がっていそうだった。

休日、彼は屋根を修繕する材料を採るふりをして、斧を手に崖を上った。電線に沿って歩いた。道路を離れ、電線は山を上って行った。朝の日差しが午後の方角に変わるころ、尾根のてっぺんに出た。踏みわけ道をみつけ、見失った電線を探した。

そこで息をのんだ。足許を、地平線の果てまで緑の木々が埋めつくしていた。大して背の高くない灌木が、ただうねりながら氾がる緑色の海原だった。 電線の鉄柱が、その中央に点々と立ち並び、やがて緑の波間に姿を消していた。彼は打ちのめされ、立ち尽くした。

矢作俊彦:ららら科學の子、p.232-233、文春文庫.

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