新井薬師


年明けから月に1回の会議が続いている。当初は渋谷のカフェ・ミヤマだった開催場所は,夏前から中野の大学に移った。だいたい20時をめどに終えるので,それから新井薬師駅前まで歩く。

古本案内処ができたから,毎回少し眺めて本を買う。薬師あいロードを抜けて駅前で食事をする流れになる。

昭和の終わりから平成のはじめの数年間,新井薬師に住んでいた。そこはもともと弟が借りていたアパートで,彼がミラノに働きに行ってしまったので解約せずに私がそのまま住んだ。P-MODELが凍結し,解凍するまでの期間にだいたい相当する。

当時の事務所は成子坂下にあり,早稲田通りから山手通りを経て,中古の自転車で通っていた。東銀座商店街に古本屋があるころで,よく会社帰りに寄った。

社会人になってから活発化したバンド活動の拠点はほぼ薬師あいロードを抜けたところにあるスタジオ・ライフだった。KORG T3を抱えて,あの急な階段をよく上り下りしたものだ。週末の練習帰りは五香菜館に入り浸る。当時から21時には閉まっていたので,だいたいその時間まで店を出ることはなかった。

新井薬師の五差路から駅に向かう通りには,テイクアウトの弁当屋とクリーニング店,レンタルビデオ店などが軒を並べ,だいたいの用事はそのあたりで済んだ。デイリーヤマザキの近くには平成が始まったというのに貸本屋が営業していた。うまれてこのかた,そこで初めて貸本屋なるものを目にした。デイリーヤマザキにはウィルキンスンの瓶に入ったジンジャーエールとトニックウォーターが売っていて,タンカレーやゴードンと混ぜてよく飲んだ。

月に1回,新井薬師駅前まで歩く。薬師あいロードで角にある家具屋,和装店,おもちゃ屋,焼き鳥屋,銭湯,木の器に盛って出されるパスタ屋,パン屋,喫茶店,甘味どころ,そのあたりは30年来,変わらず店を構えている。四辻を右折すると泥棒市場,沖縄居酒屋,魚屋,中華料理屋,洋食屋に床屋があり,信号を渡るとコンビニの斜め前にスタジオ・ライフだ。その並びの焼き鳥屋,豆腐屋,作業着屋,焼肉屋,雑貨店があるビルの地下はスナックがある。店の名前は変わってしまったけれど,亡くなったイラストレーターと今もお世話になっているイラストレーターの3人で入ったことがある。もう四半世紀前のことだ。

例の五差路のパン屋,肉屋をすすみ,駅前の交差点には紅茶専門店があり,そのぐるりには地下にも席がある喫茶店。踏み切り前の交番を背にして見ると,駅前のロータリー前に壁のように立った4,5階建てのビルには昔通った居酒屋があった。出入り禁止で通うことができなくなって,しばらくして店がなくなり本当に通うことができなくなってしまった。

記憶をたよりに,こんなふうに書くことができる町は,もしかしたら,新井薬師くらいなのかもしれないと思うと,なんだか不思議な気持ちがする。

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