掟上今日子の備忘録


日本テレビに何の思い入れもない。放送業界の末端で仕事をしていた20代のなかば,赤坂や六本木に出入りすることはあっても麹町へはFM東京絡みで行った記憶しかない。麹町で覚えているのはFM東京のエレベータのなかで“ミーハー”をリリースする前の森高千里と一緒になったことくらいだ。オーバーナイト何とかという曲をタム叩きながら歌っていた頃で,全身真っ黒,遅れてきたゼルダのような格好をしていた。

土曜日夜21時台のドラマを見るようになったきっかけは木皿泉の脚本だった。

見たものもあれば見なかったものもあるなか,この枠のドラマをひとくくりにしてしまうことは躊躇われるけれど,“いかに人を信じうるか”が通底したテーマだととらえられなくもない。

先週終わった「掟上今日子の備忘録」は,「野ブタ。をプロデュース」以降で,もっともストレート? 巧みに“いかに人を信じうるか”を描き出していて,最終回まで欠かさず一家で見てしまった。

それは一回寝るごとに記憶がリセットされてしまう探偵と彼女と事件をめぐる人々の話だ。ラノベも美少女ゲームも読んだことがないので,東浩紀の新書を通しての知識しか持ち合わせていないものの,リセットという手法はそれらで頻繁に用いられてきたという。このドラマの原作は,リセットを逆手にとって推理小説に仕立てた。世界がリセットされるのではなく,探偵の記憶だけがリセットされるのだから。

「野ブタ。をプロデュース」が最終話でバディもののルーティンに集約せざるを得なかったのに対し,このドラマは9話でこの物語の柱の1つであるミステリーをメタ構造に置き換えて放棄,最終話で“いかに人を信じうるか”を前面に押し出したラブストーリーに換骨奪胎させてしまうのだ。

30年くらい前,「うちの子にかぎって…」のスペシャル2で,似たようなことがあったのだけれど,あれよりもインパクトは大きいし,何よりも物語が面白い。

 

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