記憶


昨年11月のツイートに加筆。

閉店少し前にブックス高田馬場で手に入れた高木護『爺さんになれたぞ!』(影書房)をようやく読みはじめる。髙木護というと,『辻潤-「個」に生きる』(たいまつ新書)を読んだくらい。最近,リトルマガジン「街から」(街から舎)にときどき寄稿されていることを知った。「街から」には平井玄の連載もあって面白い。

――ただいま。帰ったよ 〝ただいま〟をいうのは、家に帰ったというけじめである。迎えてくれるものがいなければ、――お帰り。お疲れさま 自分でいえばよい。そうすれば、〝お帰り〟といってくれたころの、あのなつかしい声が聞こえてきそうなので、 ――ただいま もう一度いってみる。

先に母親が亡くなった後,一人暮らしになった父親は,家を出るとき「行ってきます」,戻ると「ただいま」と言っていた。私がいないときも,同じようにしていたのだろう。父親が亡くなった後,記憶にだけ残っている所作の一つだ。

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