個展


週末に昌己からメールが入った。

――土曜日に行かないか。

少し前,学生時代のサークル仲間のような女性からグループ展の案内が来ていた。彼女は20年ほど前から絵画教室に通い,油絵を描いている。この間,数回しか見に行った記憶はないものの,それでも毎回,グループ展を開催するたびに案内が届く。昨年,当時の友人たちと飲んだとき,変わらずに絵を描いていると聞いた。

伸浩にもメールをした。現地集合ということで土曜日になった。

ところがどこを探しても案内ハガキが見当たらない。会社に置きっぱなしにしたのだろうと思い,花粉症の注射を受けに行くついでに事務所に寄った。しかしハガキは出てこない。慌てて昌己にメールをしたところ,同じくハガキを紛失したという。ただ,彼は場所を記憶していて,京橋の画廊だったと思うと返信があった。

用事に出てきた家内と昼食をとり,私はそのまま東京駅に向かった。

オアゾの丸善で,野崎まどの『know』を購入して,八重洲口経由で京橋に行った。

昭和の終わりから平成のはじめにかけて,事務所が宝町と銀座にあった。だから,その頃,八重洲ブックセンターのイメージは“近所”だったし,京橋のビルの裏通りは当時から「目羅博士の不思議な犯罪」を想像してしまう様子がした。
都内はどこもかしこも工事が続き,「工事中」はもはや街の景色から外すことができない。京橋あたりは結局,ビルの高さが伸びただけで,佇まいはここ30年,変わっていない。メールに添付された地図をたよりに画廊を見つけた。

昌己は先に来ていて,伸浩もしばらくしてからやってきた。友人は風邪で来ていないという。まあ,そんなものだろう。
しばらくぶりで見た友人の絵は,おそろしく巧みになっていた。そのことにわれわれが戦いたのは,昨年の飲み会で彼女の仕事の様子を聞いたからだ。いわく,その鬱憤をすべて絵にぶつけているかのようなクオリティの高さ。

4,50分ほど絵を眺めた後,ギャラリーを出た。街並みは変わっていない感じがするといっても,このあたりに行きつけの店は当時からない。

「日本橋まで出るか,八重洲地下街に入るか」
ブックセンターの近くから地下街に入った。

ハッピータイム「ビール1杯100円」などというおそろしい看板を横目に,どこに入ろうかと悩む。まるで週末の夜,あてなく車で甲州街道を流すのと同じだ。得てして場違いな店に入ってしまうものだ。黒塀横丁まで歩き,コストパフォーマンスのよくない店に腰を落ち着けてしまったのは,気に入ろうが気に入るまいが,昔から変わらない癖のようなもの。酒を2杯,つまみをいくつかとって,結局,店を変わることにした。

丸の内北口のガード下には,いまだ居酒屋が残っていて,その一軒に入った。コストパフォーマンスのよい酒とつまみ。パイプ椅子だけれど,よっぽど落ち着く。3時間ほど飲んで食べて,一人あたま2,000円を切る。若くないのだから,こういう店に入るのはよしたらどうかと思うものの,いまだ,たいがいこんな調子だ。

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