ジャガー

昭和の終わり頃,父親の転勤が決まったので実家は江戸川区に引っ越した。

以前,書いた記憶があるけれど,その数年前,加藤和彦の公開FM番組録音コンサート(長いったらありゃしないな)に行くため,小岩に住む友人宅を訪ねたときが江戸川区に足を踏み入れた最初だった筈。総武線は秋葉原を過ぎると,真っ当そうな他人が一駅ごとに降りてしまい,残るのは西部劇が似つかわしいかなりアグレッシブな他人ばかりになっていったことを思い出す。国電小岩駅に降り,北口から10分ほど歩いたそこは,まるで松本零士のマンガに出てくるかのようなアパートだった。

引っ越してみると,江戸川区は平坦で,国道4号線沿いの街並みを全体に敷き詰めたかのようだった。ケミカル風味の風が吹き抜け,鼻につく。万博の頃の川崎のような感じがした。

近くに江戸川が流れているのがせめてもの救いだったけれど,その土手に土筆や蓮華草は見当たらない。理由がなければ,みずから選んで住もうとは思わない町だ。残念なことに,そのときまで私は,自分で選んだ町に住んだことはなかった。

自転車で川沿いの土手を遡っていったことがある。堤防と橋を渡ると,いつの間にか本八幡に着いてしまった。免許をとって何年か経ていたにもかかわらず,伸浩の車を運転することはあっても,父親の車を運転した記憶はない。江戸川区をバスや自転車で移動していた。江戸川区の奥行きのない広さを,だから私はペダルの重さで実感した。

本八幡にはその頃,小体で品揃えのよい古本屋が南口にあった。付近のようすは高円寺南口を線路沿いに阿佐ヶ谷方面へとしばらく進み左に折れ,古着屋が数軒あったあたりの感じにどこか似ていた。千葉の成金ロッカー・ジャガーの話にはなかなか至らない。(つづきます)

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