珍来に通い始めたのは,アルバイトが決まる少し前のことだった。
その頃,喬司や徹とは酒を飲むより,喫茶店で時間を潰すことのほうが圧倒的に多かった。喬司は金の出入りの差が激しく,非道いときは“夕飯はタバコ3本”というような感じだったからかもしれない。われわれは酒を飲むよりも,コーヒー1杯でありったけの時間を潰してばかりだった。話すことはいくらでもあったのだ。
そこに昌己や伸浩,裕一たちが加わり,その後,卒業までの実にくだらないけれど居心地のよい日々が始まった。YMCAのピクニックじゃないので,揃って何かするわけではなく,そのときどき近くにいた面子であちこち動き回った。
しばしば腹を空かせていたわれわれは,安くて量の多い店の情報だけは常に共有することになる。喬司か,もしかすると徹だったかもしれないが,大学最寄の駅から一駅上ったところにある珍来は,美味くて安いという話が出た。「本当かよ」「おまえの美味いは,あてにならないからな」形だけ否定しているものの,そういう話を聞くとすぐに行きたくなる。
同じ頃,徹がアパートを引越した。そこから珍来へは歩いて行ける。講義に出たある土曜日の午後,われわれは珍来ののれんをくぐった。(つづきます)