そして説明は終わる


京都から夜行バスで義父の弟さんが到着すると連絡があった。病院の受付で待っているという。とりあえずシミュレーションをする。

義父からは自宅からシャツを持ってきてほしいという連絡だ。

義父の体調次第だけれど,今日はお昼前に別の病院を受診し,先日の検査結果について報告を受けることになっている。ただ,動くのにも辛そうだった。担当の医師から「結果は家族に聞いてきてもらい,ベッドで休んでいてもよい」と話してくださったようだけれど,電話の様子では一緒に行くつもりのようだ。

時間がギリギリだったのでシャツは途中の駅近くのスーパーマーケットで手に入れた。受付で弟さんをピックアップし,とりあえず外来受診から帰ってくるまで自宅で待ってもらうようにしよう。家内との打ち合わせは概ね,そんなところだった。

駅からタクシーで病院へ向かった。受付に,それらしき人影はない。私は一度会っただけなので弟さんの顔を覚えていない。家内がそれらしい人はいないか探していると,マスクをした元気なおばあさんに声をかけられた。関西弁だ。えっ,夫婦してくるなんて聞いていないし,弟さんの姿は見えない。

「私がここで待っていて,さっき病室にあがっていったんよ」

10まで組み立てたシミュレーションはたいてい1で崩れる。家内と顔を見合わせてしまった。叔母とともに病室へ向かうと,義父のベッドサイドではすでに弟さんの姿があり,あれこれ話をしている。「誰が知らせたんだろう」と怪訝そうな義父に,家内が打ち合わせ通りの説明をしたものの,通じたのかどうかわからない。

パジャマからシャツに着替え,車いすを借りて1階まで下りた。呼んでもらったタクシーの女性運転手がとても手際よく,車いすから義父を社内に乗せ,残った車いすを折りたたみトランクに押し込んだ。

連休直前のため,道路も病院も大渋滞だったという女性ドライバーの話は杞憂で,昼前のこの時間帯になるとスムーズに進んでいた。20分ほどで病院に着いた。

前回同様に受付を済ませ,2階にあがる。のどが渇くという義父のために院内のコンビニでペットボトルのお茶を買ってきた。

まもなく順番が来て,はじめて会った腫瘍内科の医師から検査結果の説明を受けた。先日の泌尿器科の医師にくらべると遥かに患者の話を聞き,わかるように伝えようとされる様子が感じられた。その伝えようとする内容は厳しいものだ。ホスピス,緩和ケアという単語が出てきたけれど,90歳を過ぎた義父にとって,医師は病気を治してなんぼのもの,話の埒外にある言葉だったに違いない。だからといって,その言葉の意味を今,義父に伝えようとは思わなかった。

入院中の病院の医師に報告書を書いていただき,それから会計まで2時間近く待ったのは,ていねいなその医師の報告書執筆のためだと思う。ただ,さすがに2時間待ちは疲れてしまった。

帰りのタクシーはまだ慣れていなさそうな男性ドライバーだった。

病室に戻り,もろもろの支度を終えて,家内と病院を出た。駅前でかなり遅めの昼飯をとった。疲れた。2時間も待たされたので,病院で風邪をもらってしまったのか,のどが痛い。

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