Cure



10数年前,仕事の関係で医師を訪ね,ターミナルケアについて話を聞く機会があった。多くはホスピスや在宅ターミナルケアに関心をもつ方で,当時40~50歳代の方がほとんどだ。最終的に100人近くの医師と会った。

ターミナルケアのなかで,医師に果たして何ができるのか疑問に思ったのが始まりだ。具体的に患者さん,家族から聞いた記憶はないものの,当時,私がもっていた印象は次のようなもの。

治療の可能性があるレベルのがん患者さんに対しては,「大丈夫,治せますから安心してください」(実際には「治ります」と言っているのかもしれないが,患者,家族には「治せます」と聞こえてくる)。

治療の可能性がほとんどないがん患者さんに対しては,「残念ですが,治らない段階です」(この場合,患者・家族にも「治せない」とは聞こえない)。

医師としての「私」に,がんは治せるのか,治せないのか。

治る可能性があるときは「治せる」と聞こえるのに,可能性がなくなると「治らない」と対象化されてしまう。そんなふうに感じた。

そこで,前述の医師と話す機会ごとに,「先生にとって,末期がんは治らない病気ですか? 治せない病気ですか?」と聞いてみた。いやらしい物言いだ。熱くターミナルケアを語る医師100人のうち,「治せない」と言葉にしたのは3名だけだった。

このところツイッターでエセ医療を叩くツイートを眺めるたびに,あのときのことを思い出す。医療は初手から万能でないし,人間の免疫力や回復力がなければ医師の技術だけで,疾患を抱える患者を回復させることなどできはしない。ところがエセ医療を叩くことで,何だか医学(西洋医学)の万能感が強化されるような気がしてくるのだ。

西洋医学は決して万能ではないし,まだ解明されていないことだってある。手術は成功したけれど患者は亡くなったなどということだって起こりうる。作業仮説で物事をすすめている世界でもある。根治的な技術として最後に登場したのはストレプトマイシンかもしれないし,それだって人の回復力がなければ,薬だけで疾患を治癒することはできない。一方で,手術について,人の回復力を妨げているものを取り除くための技術だと語る医師が登場してきた。

エセ医学が蔓延る領域で,西洋医学を用いて,一人の医師はその病を治癒できるのか。治癒できないときに,医師にできることは何なのか。その医師と病気を通した関係を自分はもちたいかどうか。そういう体温のようなものがツイートには感じられないことにいらついてしまう。

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