To France

小雨が降っていたような感じがする。犬の糞に注意しながら石畳を歩く。駅で交換した幾ばくかのフランをポケットに携えた。駅でゆっくりしたものの,まだ7時だった。いくら美術館といえども開いてはいない。ポツポツ歩いてポンピドゥー・センターをめざすことにした。途中,バゲットに何やら挟んだサンドウィッチを手に入れた。

しばらくしてポンピドゥー・センター前にはたどり着いたものの,それでもまだ開館前だった。ぐるりと並んだ店を眺めて時間を潰した。一軒のポスター屋にスージー・アンド・ザ・バンシーズの全版があったので思わず購入してしまった。

入場券を購入し,あのエスカレータで上階まで行く。途中,どうした理由か覚えていないが列をはずれて,エスカレータを降りてしまったらそこは図書館だった。いや,図書館に入る列に間違って並んでしまったのだ。しかたないので,図書館を少し見てから,ポンピドゥー・センターに向かう列に入った。

ポンピドゥー・センターは広くて,常設展2フロア,特別展示1フロアで展開されていた。常設展の上の階でみたフランシス・ベーコンとイブ・タンギーの絵のことは今も覚えている。作品の記憶は,四半世紀を経て,その数日前に行ったヴェネチアのグッゲンハイム美術館と混ざってしまった。どちらに展示されていた作品も気に入ったことだけは覚えているのだけれど。

ポンピドゥー・センターを出ると昼を過ぎていた。同僚に頼まれものを手に入れるためにデパートに行くことにした。リムジンバスは凱旋門から出るというので,その近場のデパートに行けばあるだろうと思ったのが間違いのもとだ。アニエスベーのグレーのベレー帽,それも「ニットでできているもの」という注文だ。地下鉄で凱旋門まで行き,地図を片手にデパートのあたりでアニエスベーを尋ねる。あ,これも違うな。最初,アニエスベーの本店に行こうと思ったのだ。それでその通りをデパートで尋ねたのだけれど,誰も答えない。初手から何を尋ねているのか通じていないからだ。唯一,ある高齢のドアマンが困り果てたアジア人の話を聞いてくれた。しかし,返事は「ここから遠い」の一言。話が通じない外国人にわかるような説明を期待するのは,ないものねだりだろう。

それでも,一度はアニエスベーの本店に行ったような記憶がある。学生街に店を構えていたので,本店ではなく,地図上ではそこが一番近い店だったのかもしれない。行ったもののベレー帽の在庫はなかった。そこから凱旋門まで戻り,シャンゼリゼまで下り,こちらこそ本店だったのかもしれないアニエスベーを見つけた。ベレー帽もあった。くたびれた。

夕方にリムジンバスでシャルル・ドゴール空港に着いた頃には非道い雨風になっていた。免税店で購入したのはサンデマンというポートワイン。フランスでなぜポルトガルのワインを買ったかというと,砂男をあしらったラベルが恰好よかったからなのだけれど,帰ってから伸浩と二人で1瓶空けた翌日,おそろしい頭痛に襲われた。ポートワインを1瓶飲んだのだから仕方ない。当時はそんな常識も持ち合わせていなかったのだ。

ようやく離陸体制に入った飛行機は一度,ストップし,天候伺いになった。外の様子はほとんど変わりないにもかかわらず,再び離陸体制に入る。飛び立って1時間ほどは生きた心地がしなかった。少し揺れがおさまったころにドリンクサービスが始まったので,私はタンカレー2瓶(もちろんミニボトル)とトニックウォーター,レモンを頼んだ。速攻で濃いめのジントニックをつくり2,3杯飲んだ。仮に胃がひっくり返ったとしても,飛行機の揺れのためかアルコールのためか,これでわからないだろう,などと,何のための理屈なのかわからないことを呆けた頭で考えているうちに,眠りに落ちた。

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