CM


仕事のスケジュールがかなりタイトになってきたので,残業続き。夕飯は魚滝で定食とビール。やけに空いていた。帰りにブックオフに寄って単行本を2冊購入。こちらも空いている。人はハロウィンの仮装で町中を闊歩しているのだろうか。

仮装と変装の違いをふと思う。変装大会というのは面白そうだけれど。

週末に買った大塚英志の『感情化する社会』(太田出版)を読んでいる。感情労働に関して,医療現場ではどこかポジティブにとらえてきた印象をもっていたものの,見方が180度変わる。

無料のサイトを使うときはがまんせざるを得ないけれど,ある時期からサーバを借りて,サイト構築やデータ保存用に使っているのは,とにかく広告と距離を置きたい一心からだった。広告の役割や効果を否定するものではなく,広告で成り立っていない場をどこかに確保しておきたかった。

広告主(こうこくぬし)が集まる団体,日本広告主協会(通称・ぬしきょう)に顔を出していたとき,数代前の理事長が,団体としてなのか企業としてなのか覚えていないけれど,テレビ広告のサブリミナル効果を活用し,CMであるメッセージを伝える実験をしたと聞いたことがある。公になる前に,理事長を退任してそれ以上,事は大きくならなかった。「Another Game」の背景に,この事件を絡めようと思って書き始めたものの,結局,完結しないまま四半世紀が過ぎてしまった。

CMと意図は異なるにしても,宮台真司や大塚英志が書く文章を読むと,どこかで他者を操作してしまうような関係性に向かっているように感じる。10年前の座談集『波状言論S改―社会学・メタゲーム・自由』(青土社)をこの前,読みながら,でも,その先に明かりは見えないなあ,とため息をついたばかりだった。

人を操作するかのような関係性のもちかたは,ハウツーを学べば,誰にでもできてしまう。朝鮮戦争以後の洗脳をめぐる本を読むと,そこに付け込んでは,いくら高邁な意図があっても許してはならないのではないかと思う。

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