やってみなければわからないなんて


通り過ぎるあちらこちらがクリスマスの飾りで賑わっている。それにしては全体,なんだか静かな感じがする。

相変わらずシューマッハーの『スモール・イズ・ビューティフル』を捲り,昨日からはアマルティア・センの『人間の安全保障』(集英社新書)も捲り直しはじめた。北杜夫,夢野久作,石森章太郎,望月三起也の本を読み,音楽はKing CrimsonにP-MODEL。YoutubeでSKYの2ndを見つけた。ほとんど1980年の年の暮に同じようなことをしていたという記録が残っていても不思議でない。いつが頂上だったのかはわからないけれど,すでに何らかの折り返しは1980年あたりまできているのかもしれない。

1980年代のはじめにロバート・フリップ経由で,というよりは滝本誠経由で『スモール・イズ・ビューティフル』という本があることを知らなければ,数年後,講談社学術文庫に同書が登場したとき,もう少し違った読み方ができたような気がする。

グルジェフ,ウスペンスキー,ベネット。コリン・ウィルソンにフィリップ・K.ディック。バラードや山野浩一,それらに連なるものとしてシューマッハーを認識していたので,おおよそそれはまっとうな考え方ではなく,オルタネイティヴを実践するためのOSのような役割だと思っていた。学生が労働や技術,科学についてあたりまえに認識するには圧倒的に実践が不足していた。

イギリス経験主義万歳ではなくて,やらなければわからないことがある。当時はそれを嫌っていたし,たぶんニューウェイヴは経験主義に対するアンチテーゼとして登場したはずなのだ。折り返してみて一番違っているのは,そこに対するとらえかただろうと思う。

言うだけで実践が伴わない。それはシゲさんに言われたことそのもので,でも,当時,われわれは誰もほとんど実践をしていなかった。殊に私は。そしてまた,シゲさんも実は,言うだけだった面があるのではないかと思う。シゲさんが亡くなった年齢より10年歳を取った私が一体,何を実践したのかはさておき。

自分で稼ぎ始め,何とか自活できるようになり,所帯をもつ。子どもが生まれ,家を買い,両親を看取る。そのあたりでようやくオルタネイティヴへの認識が1980年代と違っていることに気づく。フリップが小さくて可動性のある知的なユニットを謳い文句にシーンに復帰したとき,ドライブ・トウ・1981とか1984への退行とか,スローガンを掲げたとき,オルタネイティヴの切実さはKing Crimsonが稼働していた当時より遥かに実践的だったに違いない。

自分で稼がない身にとっては平井和正の『幻魔大戦』程度でも十分にオルタネイティヴだったような気がする。半ばネタではあったけれど。

「中間技術」だとか「地産地消」だとか,そういう考え方と実践の大切さが自分と等身大になり得るには,時間が必要なのかもしれない。そこを一気に飛び越えてしまうと,似て非なるものに変質する危険性を孕んでいる。

そんなとき,筋肉少女帯の「モーレツ ア太郎」を繰り返す。あの歌は「時間をくれ」という叫びなのではないかな。

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