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義父の家の片づけは急ピッチで進む。衣類と書類の多さは,自分の親のマンションを整理したときにも感じたけれど,戦中から戦後を生きた世代にとって地層のようなものなのだろう。加えて,布団,座布団類の多さ。

田舎育ちの両親が都会に出てきたとき,「布団一組あれば,何かのときには質に入れて急場を凌げる」といわれたそうだ。その記憶から,子ども(私や弟,妹)が家を出るときに綿を打ち直した布団を一組もたされた。たぶんそういう急場の凌ぎ方は昭和50年代に廃れてしまったのではないかと思う。テレビドラマ「黄色い涙」の頃を境にしてという感じがする。

もたされた布団はいまだに家にある。マンションのウォークインクローゼットからはじき出され,先日まで,マットレスの下の方に重ねて睡眠時のフットレスト? のようにして使っていた。今年の夏は忙しくて,ほとんど布団を干す暇がなかったため,ダニが出てしまったようで,足首に続けざまの噛痕が残ってしまった。週末,数か月ぶりに干したあの布団は,そうすると日なたの匂いとともに十分に膨れる。それでも,来客が泊まるスペースをほとんど確保できない今の家に,来客用の布団が必要になる時間を見出すことは難しい。

家一軒整理するなかで目の前に現れるのは,一組の布団どころではない。似たような背景が,目の前のものと繋がる。いや,繋がってしまう。存在を知らなければ,そのまま過ぎたものが現れる。貴重かもしれないけれど,その貴重なものを家は結果,数十年にわたってただ保管してきた「だけ」なのだ。保管してきただけのものを,どうすればよいのだろう。自分に置き換えて暮らしを眺める時間はすでにない。時間があったときには自分に置き換えようなどとは思わないから,結局,親たちが残したかったものを,子どもは引き受けることはほとんどできない。

仕舞い込むスペースを確保できる条件があれば,それらはさらに20年くらいの間,この世に残る。サン=テグジュペリいうところのそれは遠近法の差だ。いずれにしても,悩んだり考えたりする時間が少しでももてたならば,それで十分じゃないか。いくばくかの負い目を背負えば,思い出すことができるかもしれない。そう思うしかあるまい。

同じ時期にパソコンを買い替えた。

最初に手に入れたパソコン,PC98のFDは一枚も残っていない。他のフォーマットに変換した記憶さえない。当時,プリントアウトした用紙が一束,それでもまだ手元にある。ポケットの奥をかき回すように,だからその一束を読み返すことは容易い。おかしなものだ。

次に買ったMacのPerfoma575はまったく飾り物だった。「おばあちゃんとぼくと」は娘が少しは遊んだし,「キッドピクス」は年賀状用のイラストデータをつくるのに使った。でも,それくらいのもので,データはいうまでもなく,痕跡が残っているのは手製の年賀状数枚くらいかもしれない。

饅頭iMac G4を手に入れたのは2002年の秋のことだった。10年くらい前,キーボードの接触がおかしくなってからはほとんど使っていない。汎用性のあるデータをUSBメモリに移して,あとはそのままにしてある。特にメールのデータはうまく移行できなかったので,iMac G4のなかにほとんど残ったままだ。ただ,残っている「だけ」。そろそろiMac自体,廃棄することを考えているから,それとともに保存されたデータは雲散する。自分の40歳代にまつわるデータが消えるのは,意外とよいことかもしれない。

ここ6,7年はWindowsを使っているが,OSはこの間にXP,7,そして10と変わっていった。概ね互換性があるので,ここ6,7年の間のデータは生き残っている。豚の記憶には劣るものの,人が暮らしていくなかが,手札として抱えておくのはその程度で十分かもしれないと思う。

メールは保存していてもしかたないものがほとんどだから,かなり整理した。手紙を整理するよりも踏ん切りがつきやすい。音声データや画像データは削除しづらい一方で,クローンがあちらこちらにあって,限られたデータ保存量を食い潰す。複数の箇所に置いてあると,探しているときは見つけやすいものの,それをまた別の場所にコピーしてしまう悪循環。

データを移行させていると,結局,自分がどうでもよい日々を送ってきたことが現になるだけで,だんだんむなしくなってくる。まあ,それは今回に始まったことでもなんでもなくて,以前からデータを移すたびに感じてきた。

今さら言ってもしかたないことだ。

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