本田靖春

ブックオフで20%オフのセールを開催しているというので覗いたものの,結局,本田靖春『警察回り』(新潮文庫)を買った以外,読みたい本が見当たらなかった。108円の棚以外も見たのだけれど。ブックオフでは以前に比べると,昭和の中間小説作家の文庫を目にすることが少なくなった。そんなことを考えながら思ったのは,文芸評論のニーズはさておき,まっとうな評論が一冊も出ていない小説家があまりに多いことだ。

本田靖春の『警察回り』は,単行本が出てすぐ購入して読んだ。

1983年のことだったと思う。刊行されたばかりの『不当逮捕』を佐山一郎がFMホットラインでとりあげた,つまりは本田をインタビューして,それが面白かった。本を手にするきっかけはそんなものだ。『不当逮捕』を駅前の本屋でみつけた。『疵 ─花形敬とその時代』(文藝春秋)は『不当逮捕』の流れで読んだものの,少し文章が甘いように感じた。その後,『警察回り』が刊行されるまで少し時間が空いた。本田はこの間,時事評論のようなエッセイを書くことが多くなり,それらを追いながら読んでいった。後に吉田司が登場するまでの短い期間,宗旨は異なれども,本田が世の中を見る眼のいい意味でのずらしかたは面白かった。矢作俊彦を正面に据えて,本田や吉田,もう少し後の佐藤亜紀や山口泉などのエッセイには,私にとって共通する匂いがあった。

平成に入ってからこっち,『いまの世の中どうなってるの』にあまり冴えがなかったこともあり,リアルタイムで本田の本を探すことはなくなった。ときどき古本屋で文庫本を見つけ,読んでいなかった作品を確認するくらいだ。体調がよくないという記事を雑誌で目にしてからしばらく後,新聞に訃報が載った。

少し前に『我、拗ね者として生涯を閉ず』上下巻がブックオフで105円棚に入っているのを見つけた。読み始めたら,これが面白かった。ただ,読んでいる間,『警察回り』の記憶が蘇ることはなかった。昨日から文庫を捲りながら,ようやく『我、拗ね者として生涯を閉ず』と重複する箇所がかなりあることに気づいた。どちらも面白いものの,やはり文章が甘い。後者に関しては自分で書くことができなくなり,後半は口述筆記だったと思う。そのことを差し引いてもなお。

高校時代に,テレビドラマ「いろはの“い”」から遡って島田一男の「事件記者」シリーズを読み飛ばしたときに感じた解放感と,たぶん本田靖春が描く昭和30年代の新聞記者像が重なったに違いない。今回,『警察回り』を読みながら,島田一男の小説を何度も思い出した。感じたのは解放感であって,決して正義感ではない。

ただ,『私戦』『誘拐』,そして『不当逮捕』あたりの本田靖春にしか書けないノンフィクションは,そうした解放感の匂いとはまったく別の意味で面白かった。

講談社の「本」で後藤正治が連載している「拗ね者たらん 本田靖春 人と作品」がまとまると,新しい本田靖春像がみられるかもしれない。刊行から数年を経たKAWADE夢ムック「本田靖春」をまだ手に入れていないというのに,何だかに,これじゃ“にわか”な感じだな。

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