恫喝

9・11以降,この国では他人の理念を嘲笑い,足蹴にし,執拗なまでに攻撃するという態度に慣れ親しみすぎている。

(中略)

哄笑,嘲笑,沈黙。
それらは,全て,人が人とことばを介し,対立し,交渉し,合意を形成して行く積み重ねの放棄だ。(大塚英志)

検討会のテープ起こしに区切りがついたので事務所を出た。ガワンデ『死すべき定め』に感化されて,トルストイ「イワン・イリイチの死」を読みたくなった。高田馬場のブックオフで探すが見当たらず。田辺貞之助『江東昔ばなし』 (菁柿堂,1984),福田和也『イデオロギーズ』(新潮社)をそれぞれ108円で購入して出た。芳林堂書店に光文社文庫版があったので購入した。その帰り。

西武新宿線の各駅電車を待ち,並んだ列に沿って車内に入ると怒声が響く。30歳代前後,体格のよい男だった。怒鳴られたのは勤め帰りの女性のようで,男に対し,じかにぶつからずにうまくあしらう。乗降時,男の前に老人がいて,そのタイミングに合わせてゆっくり進んでいたところ,後ろから女性が押したことに腹を立てたのだという。そのように怒声で説明する。電車が動きだしても思い出したかのように数十秒ごとに怒声が響く。

「静かにしろ!」初老の男性のような声だ。男の注意はそちらに向く。そして怒声。初老の男性は「静かにしろ!」以外,何も言わない。ふたたび思い出したかのように男は女性に怒声を浴びせる。怒声からは,事情を説明しようとする姿勢は感じられず,あるのは恫喝だけだ。下落合駅に着くまでの3分程度,車内の雰囲気は非道いものだった。

①Aは老人のタイミングに合わせて乗車を待っていた。②AはBに後ろから押された。

AがBに①の説明をすれば済む話だろう。そこに怒声と恫喝が加わるから,そちらが先に立ち現れる。何か引け目のあることをしたわけではなさそうだから,恫喝する必要はまったくない。傍目には,日々,そのようにして自分の思い通りに物事をすすめてきたのだなとしか感じ取れない。

声の大きさとかバッチの数とか,そんなもので世の中が動いていくわけではない。アイデンティティを他人に保証してもらうようなたちの悪さには繰り返し辟易とさせられたものだけれど,最近,また伸している感じがする。

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