Stand-up


冊子に致命的な誤植が見つかる。当然,刷り直し。あの手の仕事は引き受けたくないものの,実入りがよいので営業がとってきてしまうのだ。いまどき印刷所の内校を期待してもしかたないが。

娘は友だちの家へ泊まりに出かけた。家内と待ち合わせて外で夕食をとることにした。

高田馬場にキノコノクニヤ書店があって,およそ撤退するなど考えもつかなかった10数年前のこと。店の前の坂を下り,神田川を渡る手前を右に入った。その通りのすぐ右手に妙なギャラリーがあって,その先の材木置き場や事務所を過ぎると飲食店が左右に点在していた。静かな通りで,このあたりにしてはロケーションがよい。通りの突き当り少し手前には傾斜に沿ってつくられた公園がある。生地が厚手のピザで人気のトラットリアはシェフ,店員すべて女性だった。当時はそのことをめずらしく感じた。子どもが保育園に通っている当時,その店に入ることが多かった。

少し名の通ったラーメン屋ができ,ここにも塾帰りに娘と入ったことがある。一時,蕎麦かうどんを出す小体な店もあった。中華料理店とはす向かいにはカフェ。カフェと並んでバァはできたのは10年くらい前のことだ。

バァはいかにも入りづらい佇まいだった。1人でこのあたりまでくることはないから,いきおいその店に入る機会もなかった。

バァがいつの間にかイタリアンダイニングに変わっていた。6席しかないという。店の外に据えられたメニューを眺めると,肉の苦手な家内が食べられそうなものがあった。前菜+パスタで2,000円,それにメインを加えても3,000円と記されていたので入ってみた。

確かにカウンターの6席のみ。ミニマリズム風のインテリアで,カウンターの向こうに若い主人一人だ。ワンドリンク必要だけれど,前菜3品とパスタはそれぞれメニューのなかから選べる。その日,客は私たち二人だけだった。あれこれ話しかけるのは決して得意じゃないが,それでも二言三言話していると,この店を開いたのは2年前で,当時は壁際にあつらえたカウンターを立ち飲みスペースとして用い,10人くらいは入れたそうだ。忙しくなるので,壁際のカウンターは止め,そこは客が荷物を置く場所に使えるようにした。

「ときどき,不思議なお客さんがいらして。この前も“立って食べたい”と,小一時間,立ったまま壁際でコースを召し上がっていかれました。席は空いていたんですけどね」

家に帰り,『戒厳令の夜』下巻を読み終えた。マルケスの『戒厳令下チリ潜入記』を読み直したくなる。下巻に入り,ますます伝記小説の匂いが強くなる。1980年代前半に雨後の筍のように乱筆されたノベルズに,かなり影響を与えていたのではないかと今頃になって思う。一番の影響は,主人公たちの傀儡さ加減とでもいえばよいのか,主体性のなさだ。「主人公が頼まれごとをされたら危ない」と切り出した蓮實重彥,いや渡部直己が村上春樹の“seek and find”ものを評した一文を思い出した。

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