ツィゴイネルワイゼン


夜は弟一家と高田馬場のタベルナで夕飯をとる。12歳になった姪は背丈は大きくなったものの,ふるまいは子どもの頃と変わらない。ほぼ貸切状態で2時間ほど,あれこれと話す。ニューヨークは民主党の牙城だから,トランプに対して批判的な意見が多い。どうなるかわからないし,というのは日本も同じなのだろう。

夢に徹が出てきた。鈴木清順の訃報のせいだろう。夢のなかの徹は,相変わらずサラリーマン生活をしていた。

その頃,すでに「陽炎座」まで公開を終えていて,たぶん「ツィゴイネルワイゼン」「陽炎座」は意外と早い時期にビデオ化された記憶がある。その違いをうまく言葉にできないものの,当時から「ツィゴイネルワイゼン」は好きだけれど,「陽炎座」は今一つ,というのがわれわれのなかで常識のようにまかり通っていた。

「ツィゴイネルワイゼン」と「陽炎座」いずれも観たけれど,どうしてもセットにして考えることはできない。それはたぶん私は「ツィゴイネルワイゼン」を観てから内田百閒の「サラサーテの盤」を読んだことが,結果として関係しているのかもしれない。徹や昌己がどうして同じように感じたのかは聞いたことがない。

旺文社文庫において内田百閒の小説,エッセイ,座談・対談,日記に歌集まで網羅するラインナップでの刊行が始まったのは1979年,『実説艸平記』の刊行は1983年とある。だから当時,旺文社文庫で内田百閒を読み始めたわれわれは,映画「ツィゴイネルワイゼン」を観て,ほとんど事前の情報なしに「サラサーテの盤」を読んだ(文庫の解説に映画のことを触れてあったような気もするけれど)。反対にすでに「サラサーテの盤」を読んでいて,映画「ツィゴイネルワイゼン」を観た人は,これも想像にすぎないけれど,映画公開時にある程度の年齢だった人なのではないか。内田百閒というと,漱石門下で「夢十夜」の続きのような作品,つまり『冥途,旅順入城式』に収められた作品を描いた小説家としての印象が強かった。「サラサーテの盤」もその系統の短編だ。ノンブルをつけずに本(『冥途』だったと思う)をつくってしまったため,乱丁がかなり出たというエピソード,「いやだからいやだ」などとともに知られていたのだろう。

旺文社文庫で多くのエッセイを初めて読み(もしかしたら六興出版でエッセイを読み始めた読者がいるかもしれないが),その面白さを発見したわれわれにとって,「ツィゴイネルワイゼン」が1980年に公開された意味は,だからかなり大きい。

そんなことを思い出した。

3/19のみちくさ市で鈴木清順を偲び,「ツィゴイネルワイゼン・セット」(仮称)を並べることにした。セットの中身は『実説艸平記』と大谷直子+稲越功一の写真集。当然,1セットのみ。

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