ダディ・グース


暑さのためか,朝の偏頭痛が続く。からだはだるいし。

会社の事務所が入ったビルに着くとエレベーターの電気が点いていない。階段を上り事務所まで行くとビル全体が停電なのだという。窓を全開にし,風通しをよくしたものの仕事にならないので,様子を確認に1階まで降りる。しばらくすると復旧した。20時くらいに事務所を出た。家に戻ると『少年漫画劇場7』が届いていた。

『少年漫画劇場7』(筑摩書房,1971年)には,鶴見俊輔の解説,河島光広の家族,うしおそうじに並んでダディ・グースの「月光仮面暗殺物語り」(エッセイ)が掲載されている。かなり特殊な人選が面白い。入社したばかりの松田哲夫が企画・編集したシリーズだそうで(参照),とはいえ,この人選が鶴見俊輔,松田哲夫どちらによるかはわからない。

ダディ・グースのエッセイとしては,「ミステリ・マガジン」1974年4月号(ダーティー・グース名義,ただ,これは編集部による誤植かもしれない。早川書房に校正力を求めてはならない)に宍戸錠のステージについて記したもの(参照)と本作しか読んだことはない。あとは単行本『少年レボリューション』のあとがきくらいだ。ダディ・グース名義として1974年くらいまで,他にもマンガではなくエッセイなどを書いたのであろうけれど,1980年代でさえ探すのは難しかった。いまとなってはなおさらに。

「月光仮面社会主義共和国建国秘録」(「終末から」)も本書と同じく筑摩書房から出ていたので,村上知彦のツイートを見なければ,「建国秘録」だって,いまだダディ・グース作と思い込んでいたに違いない。「リンゴォ・キッドの休日」で文体を武器にするまでの数年間の作品がほとんど検証されていないとあってはなおさらに。

「月光仮面暗殺物語り」については,別サイトで更新することにして,言葉の選び方に少し違和感をもったところもある。「抱きしめたい」で矢作俊彦としてデビューするまでに何があったのか,なかったのか,さらに知りたくなってきた。

ダディ・グース自体,いまだに「マンガ・ユニットの時期があったのでは」と囁かれる状況のなかで(しばらく前,竹熊健太郎によるインタビューがボツになったのは本当に惜しい),多方面から矢作俊彦作品についての面白い検証が出てきてほしい。

で,会社に置きっぱなしにしてあった文庫版の『海から来たサムライ』を読み始めた。

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