死ぬには手頃な日


広尾での会議が20時過ぎに終わる。日が落ちてから寒くなり風もきつくなってきた。新宿で総武線に乗り換え東中野で降りた。ブックオフに矢作俊彦の『死ぬには手頃な日』(光文社,1982)が108円で並んでいた。オビはついていないものの,まったく日焼けしていないカバーが美しい。数か月前,同じ趣味の方から矢作俊彦の本を一式,買わせてもらったなかに状態のよい『死ぬには手頃な日』が入っていたものの,これだけきれいな状態を見てしまうと買わずにはいられない。

そのまま歩き,駅前に最近できた韓国居酒屋で休憩しながら,久しぶりに読む。

『マイク・ハマーへ伝言』に似た雰囲気を探し求めていた当時,『神様のピンチヒッター』よりも『死ぬには手頃な日』を読み返すことが多かった。一人称にかぎりなく近い三人称小説としては,その後の『舵をとり風上に向く者』の方が近いものの,単行本どころか連載が始まるまで,まだ時間が必要な頃のことだ。

だから,当初は「A DAY IN THE LIFE」や「レイン・ブロウカー」「バスルーム・シンガー」の3編を繰り返し読んだ。焦燥感をスタイリッシュに描く「レイン・ブロウカー」は特に見事だった。

それに比べると,「バウ・ワウ!」以降の4編を読み返す回数はそれほど多くなかった。こういう小説も書くのか,くらいの感じで読んだことを思い出す。「敗れた心へ乾杯」は,先に読んだマンガ『ハード・オン』(画・平野仁,双葉社)後半のインサイドストーリーっぽくて,短編として読むには設定が唐突すぎるようにも感じた。

40代を過ぎてから,ところが東南アジアを舞台にした2編,そこにアラブとスペインが加わった後半4編(文庫版には同じくスペインが舞台の「挫けぬ女」が加えられている)が突然,面白く思えるようになった。たぶん,高見浩の新訳でヘミングウェイを読むことに衒いをなくしたのがきっかけだったはずだ。それまでは,高見訳の軽さのようなものにどうしても違和感をもってしまうことがしばしばだった。加えて新潮文庫の,まるで講談社文庫を横恋慕したかのような版面と文字のバランスも許せなかったのだ。

慣れてしまえばどうってことはないのだけれど,その一線を越えるには何がしかの勇気のようなものが必要だった。

『死ぬには手頃な日』のおさめられた短編小説(特に後半4編)は,ヘミングウェイの小説に通じる。まだ単行本化されていなかったものの,連載「コンクリート謝肉祭」であからさまに記しているにもかかわらず,矢作俊彦とこのアメリカの小説家の接点を考えられずにいたのだった。「暗黒街のサンマ」も,三輪車で山手の坂道を下る小説も発表されていなかった(『マイク・ハマーへ伝言』に2行ほどで,その手がかりが書かれていたものの)。それらがニック・アダムスものに通じることなど,想像する術がなかったのだ。

そこで単行本『死ぬには手頃な日』に戻ると,本書の装幀を担当した合田佐和子は,そのあたり,つまり矢作俊彦がヘミングウェイ通じることを見据えてデザインしたように思うのだ。でなければ,地色の赤にスミの見返しに闘牛の写真をコラージュすることはあるまい。もちろん合田佐和子の手にかかると,その“ヘミングウェイ”も昭和初期の日本で活躍したようにシンボライズされてしまうのだけれど。

そうだ,少し前のみちくさ市で塩山さんから文庫版を買ったのだ。数えたことはないけれど『死ぬには手頃な日』は,手元に単行本版4冊(うち1冊は増刷版),文庫版2冊あるはずだ。

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