平沢進


一連のエントリーはP-MODELの“Perspective”から始まっている。20代の10年にわたって,P-MODEL,平沢進の音楽を通した活動から受けた影響は,10代の私にとってのKing Crimsonと同じようなものだった筈だ。

30代になってから数年,その活動に興味を失い,新譜を追いかけることがなくなった。ソロになってから使う音色の縛りを取っ払ったのはまだしも,結果,箱庭っぽさが強調され,それに曲が追いついていない感じがした。曲が流れる前提にばかり力を注ぎ,曲に面白みがなくなっていったように感じたのだ。

P-MODELのライブは解凍P-MODEL最初の渋谷公会堂まで,平沢ソロは同じく渋谷公会堂のHi-Resまで出かけて,以来,一度も足を運んだことはない。インターネットを通してのライブ配信の際は,それでも何度か見たことがある。フィジカルな面が足りないなあというのがほぼ毎回の感想だ。サポートが入るにしても,それでマジックが起きるわけではない。

今世紀に入ってから,『Sim City』以降,聴いていなかったアルバムを買い,聴いてみた。『救済の技法』は,なんだバンドやりたいんじゃないか,という感じが溢れていて面白かった。『賢者のプロペラ』は曲は悪くないのに音が悪かった。昔買った「太陽と戦慄」の国内盤を思い出す感じがした。

『Blue Limbo』と『白虎野』はリリースされたタイミングで買って聴き,どちらも面白かった。けれど,その後はなぜだかわからないけれど,アルバムを買うことなしに,ネットでとぎれとぎれに聴いても,どこかピンとこなかった。

第9曼荼羅大阪公演を偶然,Youtubeで見て,本式のドラムセットとは異なるものの,パーカッションとチェロのサポートを得た演奏に,欠けていたフィジカルさが戻っているように感じた。チケットを入手するのが大変らしく東京公演も入手できないだろうと思っていたところ,10月6日(金)のチケットを購入できる様子。慌てて昌己に連絡をとり,四半世紀ぶりに平沢のライブをみることになった。

というのが前段。

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