西口

時間があれば,いや,その頃のわれわれに時間はいくらでもあった。用事に絡めて,あちこちの古本屋を徹とまわった。それまで池袋にでかけていくのは映画を観るときか,せいぜいリブロで本を探すときくらいだった。リブロのかわりになる書店は,まだたくさんあったので,池袋はあまり馴染みのない町だった。

ある年の夏休みのことだ。徹が「池袋の西口って古本屋がたくさんあるんだ。今度行こうぜ」。それは,まるで新しい遊び場を見つけたときの口ぶりだった。その遊び場の古本屋を目的に,池袋の西口に出かけた。確かに古本屋が多い通りだった。何度かそのことについて書いた記憶があるけれど,立教通りの夏目書房が今月いっぱいで閉店すると知り,思い出すのは当時のことだ。

要町に向かって,通りの両側に何軒もの古本屋があった,1980年代を折り返してからかなりの時間が経っていた。その後,池袋西口は私たちにとって神保町と早稲田に次ぐらいの遊び場になった。ただ,他の古本の町に比べると,品揃えがどうにも違う。何が違うかというと,どの店もサブカルとかアダルトの棚の割合が高いのだ。店ごとにあまり専門分化されていない。当時,駅前の通りを外れそうになるあたりから一本横に入ったところに,かなりの確率であった古本屋の品揃えのまま,いくつもの店が通りの左右に並んでいる。

たのしい遊び場だったものの,私鉄の駅町に一軒はある体の古本屋が10軒近く,点在する。一軒一軒の棚をチェックするのに,それは時間がかかる。池袋の古本屋巡りは,ほぼ一日を覚悟した。

夏目書房は,10数年前,おしゃれな品揃えに変わる前,得意分野はいくつかあったものの,ふつうの古本屋だった気がする。あたりまえに文庫本を買いに何度も足を運んだ。現在のようになったのは,池袋西口の古本屋が次々に店を畳みはじめた頃だったと思う。どちらが先だったか記憶にない。私はただ,その頃から古本屋を巡るために池袋西口を歩かなくなった。

会社帰りに夏目書房に寄った。30%オフと聞いたセールが50%オフになっていた。後ろめたい気持ちになりながら,何冊か買った。

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