Drink up

夜に伸浩と飲むことになっている。3人で飲む予定だったものの,昌己の都合が悪くなり(いい意味で),結局,2人で時間,場所を調整した。

19時半に茗荷谷駅の改札で待ち合わせ,松屋だったかの2階のパブに入る。ビールを4杯くらい,あれやこれや食べて,気づいたら23時を回っていた。

会ったときに次の予定を調整していた頃は,だから,月に数回は友人たちと集まっては,時間を潰した。そのうちにスタジオに入る予定が増え,いきおい,伸浩や徹と会う機会が減っていく。会わないものだから,次の予定が立たないまま,時間が過ぎる。いや,どっちが先だっただろう。

家庭をもったのは,友人たちと会うことが少なくなった理由のささいな1つにすぎなかったことに最近,気づいた。電話をかける用事がないままに,私も友人たちも引っ越しはじめた。その住所と電話番号がわからない。結局のところ,会わないから会わなくなってしまっただけだったのだ。

20年くらい前から,電話よりE-mailでやりとりすることが増えた。徹のメールアドレスは会社のものしか知らず,伸浩に至っては今日まで,私用のメールアドレスをもっていない。二人ともSNSのアカウントもない。

昌己とメールでのやりとりで語尾に「わ」をつけていたので,家内に同じようにメールしたところ,笑われたことがある。何のことかまったくわからず尋ねると,「だって語尾に『わ』って,女性みたい」だと。私も昌己も,普通に話す調子で語尾に「わ」(この場合,下がっていく「わ」であって,平坦もしくは語尾上がりの「わ」ではない)を使っていたのであって,指摘を受けることがないまま,10年近く,そんな文章でメールを打ちあっていたのだ。

徹とやりとりするようになって,ああ,こ奴と文字でやりとりした経験は本当になかったなあと感じたことを思い出す。徹の文章について記憶はほとんどなく,基本は話しことばだ。友人とのやりとりは話しことばが基本だったから,とにかく,話しことばのまま文字になっていない文章に違和感を覚えた。話しことばそのままではないから,もちろん。

伸浩とは会社のアドレス経由でやりとりを始めて,まだ数年。最初からていねいだけれど,抑揚がない文だった。徹のメールに感じたのに比べると,大した違和感ではない。

喬史や裕一のメールは,話しことばそのまんまで,こ奴らはどうして,自然に話しことばでメール文を紡ぎ出せるのかと,いまだ不思議なのだけれど。

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