距離

1987年2月,中野公会堂で開催されたP-MODELのライブ「ガラパゴスの待ち伏せ男」のときだったと思う。バンドは,フロアのスピーカーをサラウンドシステムで鳴らした。それは非道く高音域が強調されたもので,今ならクレームが出るような代物だった。その後のインタビューで平沢は「匂いも含めて,会場をコントロールしたい」という趣旨の発言をしたはずだ。インタビュアーがそのような回答が得られるような設問をしたとはいえ,へぇ,そんなことを考えているのかと不思議に感じたことを思い出す。

出囃子代わりにアルバムを流したり,人の誕生場面をオートスライドで示したり,ある種の刺激を前提にライブを構成することが少なくなかった当時,それが「保障された場」とどうつながるかはさておき(まるで「タクシードライバー」のトラヴィスのコモンセンスのような),目的がコントロールにあったのではなく,場の設定(おのずと成り立つ距離感)にあったであろうことが,30年後になってようやく腑に落ちた(かなりこじつけてしまうと)。

それはそうだ。客をコントロールして,どうする? 身銭を切らせるとでもいうのか。

“ SCUBA ”以降,チラついたケストラーのホロンの影響は,スタージョンの『人間以上』とつながって“big body”の「ホモ・ゲシュタルト」に結実する。ただ,ことぶき光が当時,面白い発言をした。それは「big bodyのイメージ」について問われたときだったと思う。「からだだけ大きくて中身はすかすかのもの」。ことぶき光は,ホロンをネオテニーに持っていってしまった。

P-MODELのアルバム“big body”はだから,ホロンとネオテニーに二分した件(くだん)のような内容がそのまま差し出されたものだ。

平沢がネオテニーについて,どのようにとらえているかはわかならない。ただ,表面上かもしれないが,以後,平沢の書く歌詞から「ホモ・ゲシュタルト」のその次を感じたことはない。

一連のポストと強引につなげてしまえば(因果律ランダム連鎖),「幼形成熟BOX」でことぶき光が「脳髄から分泌」と歌うそばから,平沢はコーラスで“Distance”とコールし続ける。平沢の抵抗なのか,そんな意味などまったく関係ないのか,どうでもよいけれど。

最後に。
今敏の映画「パプリカ」の後半に登場する通称「時田ロボ」は「幼形成熟BOX」を意図したように思う。その場面で鳴る「パレード」のラストに凍結前のモチーフを置いたのは,“Distance”とコールした平沢らしいと,ここでは言ってしまおう。

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