事件

横溝正史原作の『犬神家の一族』を映画館で観た記憶はない。テレビで放映されたときに見て,それより前にTBSのドラマシリーズで小説の内容を知ったはずだ。当時,横溝正史が描く田舎の因習と戦争が絡み合って起きた殺人事件をめぐる物語は,せいぜいホラー映画の一翼を飾る程度のものとしてしか映らなかった。

昭和の終わり頃,美輪明宏が江戸川乱歩を特集した雑誌のなかで,「乱歩先生は都会的で洗練されている。横溝正史は田舎の肥溜めの匂いがして嫌い」という趣旨の発言をしている。1976年から数年間,自分が同じように感じていたことを思い出した。

1977年,森村誠一の推理小説が爆発的に売れた。東大出のホテルマンの問題意識を褒め称える斯界に悪態をついた(当時の)矢作俊彦は,当然のように横溝正史の小説にもNoを突きつけた。

1975年あたりに,古本屋に足を踏み入れ,そこで出会った春陽文庫の傑作選で大正から昭和初期の江戸川乱歩作品に魅入られてしまった私にとって,横溝正史はもとより,森村誠一の小説を手にするようになるまで,数年の時間が必要だった。

亡くなった上司は,胃潰瘍で入院中,角川文庫の横溝正史を読み漁ったという。私が嫌いだった田舎の因習を,上司は「村長」「僧侶」「医者」がまとめる村落共同体と容易く言い放った。それはそうで,だから私はそれが嫌だったんだけれど。

あまり同意が得られないことの1つに,江戸川乱歩よりも横溝正史の表現のほうがエグい,というのがある。時代小説をはじめ横溝正史には読み残している作品がまだまだあるものの,特に1950年代に書かれた作品は,乱歩とは違う意味で無茶苦茶な表現,つまりそう表現してしまう小説的状況が多々ある。横溝正史は「サービス精神」の一言で片づけたものの,あれはもともともっている資質ではないかと思う。

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