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夕方から中野で検討会。相変わらず寒い。中野駅前はどうしたわけかビル風が吹く。

中野ブロードウェイを覘き,早稲田通りを経由。iPhoneで宍戸錠さんの訃報を知る。20時半頃に終わる。新井薬師前駅まで歩き,中井でサワディーに入り,ビール,焼酎のお湯割り,ヤムウンセン。家に帰って,「フィルムノワール/黒色影片」の連載を捲る。

初めて穴戸錠さんを看たのは,映画館ではなくテレビのなかだった。10年間くらいのあいだ,刑事や新聞記者,時代劇などでその姿を目にしたものの,その含羞のコメディに恰好よさを感じるには幼かった。

20歳前後,矢作俊彦の小説や原作漫画でエースのジョーに遭遇した。彼は,エースのジョーへの憧れを文学にしてしまったのだ。その文学に感化され,1980年代にわたり,名画座で日活アクション映画を観るようになった。FM横浜開局時にスタートして「アゲイン」の第1回,第2回のゲストは宍戸錠さんだ。「きみは憲法九条がどんな文面か知っているか」という趣旨のやりとりから始まる。そのうちmp3データにしておかないと,テープが劣化して聞き直すことができなくなるかもしれない。怖いのはすでに劣化していることで,そうなると,記憶しか頼るものはなくなってしまう。

矢作俊彦はその作中,エースのジョーをたびたび亡きものとしてきた。「抱きしめたい」で石原裕次郎をそうしたように,エースの錠は,『ハード・オン』で,『ブロードウェイの戦車』で,映画『ザ・ギャンブラー』で,『悲劇週間』でもたぶん,その命を落としている。それをフレイザーよろしく,王の死すべき定めなどと容易く呼ぶことはできまい。

読み返していた連載「ビッグ・スヌーズ」が,ここまですばらしく面白い。連載20回を超えて面白さが続くのは「常夏の豚」以来ではないだろうか。穴戸錠の死を思う一方,この小説のしあわせな完結を待ち望む,なんとも出納の悪い日々だ。

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