2007年1月

01月02日(火) かわいそう  Status Weather曇り

 年末の日記です。

 年越し蕎麦を食べにいくときから,娘は妙にはしゃいでいた。いわく「紅白,紅白」と。日頃は9時すぎには布団に入らせようとあれこれ指図し,それでも娘が眠りに就くのは10時近くになってしまう。それが,大晦日だから,夜更かししてよいと勝手に思い込んでいるらしい。今どき,紅白歌合戦を楽しみにする小学生など希少価値かもしれないな,と思いながら食事を済ませ家に戻ってくると9時近くになっていた。

 時に,親子して観るには気まずい画面が現れることは十二分に承知している。ただ,自分が親として,そんなときどう対応するかなど想定しているわけがない。しかし,突然にそんな場面は訪れる。だから,トップレス(に見えた)のバックダンサーが画面に現れたとき,さて,何をどういおうかとかなり動転したのは,まったく娘への一言が出てこなかったためだ。沈黙,そして娘の声。
 「かわいそう」
 その語尾は強かった。娘には,ダンサーが何者かの指図でトップレスで踊ることを強いられた弱者に感じられたようだ。

 年に何度か,娘のそんな言葉にどきりとさせられる。



01月04日(木) playback  Status Weather曇り

 最近の日記続き。

 角川文庫編集長なる方のサイトに辿り着く。
 矢作俊彦が『THE WRONG GOODBYE』の続編の執筆をはじめたという記事が昨年7月28日に。「野性時代」に連載予定とのことだけれど,今のところその気配はない。数ヶ月前に「小説現代」に掲載された短編がとても面白かっただけに,妙な期待をしてしまう。高橋源一郎の『虹の彼方に』の解説に登場したアイコンがそれっぽい。私はてっきり「アマ☆カス」の完成をめざしているのだとばかり思っていた。
 ただ,連載「ヨコスカ調書」から単行本『THE WRONG GOODBYE』まで四半世紀かかっているというのに,本当にスタートし完結するのだろうか。



01月05日(金) 短信  Status Weather

 ――正月も2日から仕事だぜ

 昨年,結局一度も会うことがなかった喬司から届いた年賀状の一節。ワイルドな手書き文字を見た途端,すっかり気分は学生時代に戻ってしまった。



01月06日(土) ライブ  Status Weather曇り

 キング・クリムゾンのライブが聞きたかった。聞きたい,聞きたいと喚いたところで,いかなる音源が転がりこんでくるほどに,私は世の中に祝福された生れではなかった。 
 しかたがないので,北村昌士が書いた『キング・クリムゾン 至高の音宇宙を求めて』(シンコーミュージック)を読み,1972~74年当時のライブセットリスト順に曲を並べ替えたテープをつくった。そのころ,私はまだブートレッグに手を出していなかった。手元にあったのは,公式アルバム『アースバウンド』『USA』およびFMラジオからエアチェックしたライブ2回分のカセットだけだ。『アースバウンド』は,演奏時期が異なるので使いものにはならない。結局,セットリストを再現するのに足りない曲は,オリジナルアルバムからもってきた,百歩譲っても統一感からほど遠いカセットが数本できあがった。

 月に1度くらいはP-MODELのライブに通っていたころのこと。ライブハウスからの帰りの地下鉄でその日のセットリストを反芻し,翌日,記憶を頼りにカセットをつくった。
 当時から,結局現在に至るまで,80年代のP-MODELのライブをまとめた音源は驚くほど乏しい。あれだけライブに通ったのだから,ウォークマンで録音しておけばよかったじゃないか,とようやく思い至ったのは89年,バンドが凍結してしまってからのことだった。ただ,レミングよろしくステージ前に雪崩れ込むこと常のライブでカセットを回すなど思いもしなかったのはしかたない。よもやバンドが活動停止に至るなど予想もしなかったのだ。

 ところどころ掲載号は欠けているものの,「ウリシス911」を読んでいると,何だかライブアルバムと似た感触をもってしまう。



01月07日(日) 記憶  Status Weather晴れ

 「「(略)だから覚えているんじゃない,昨日のことなら」
 いや覚えていない。何ひとつ。さっき夢を見るまで,おれの頭は暗闇だ。
 『そう。すぐ忘れちゃうのね。豚だから仕方ないけど。豚の過去は四時間前までしかないそうだから』
 じゃあ未来はどのくらい?
 『未来なんかまったくないのよ』即座に言う。」
   矢作俊彦「常夏の豚」第1回(文學界,2006年1月号)

 記憶をめぐる冒険譚といえば,P.K.ディックによる一連のSF小説を思い出す。現実と記憶が函入り状態になったり拮抗したり,謎解き物語としては意外と安定している。
 推理小説におけるこの世にいない被害者は,ただ探偵を含む登場人物の記憶により語られた人物だ。それが一つの像としてまとめあげられる。でも,そんなもの魅惑的でも何でもない。それに比べれば,ディックの作品に登場する人物が抱える記憶をめぐる冒険譚のほうが数倍は面白い。
 面白いけれど……。

 矢作俊彦の小説には,この世にいない者をめぐるさまざまな記憶や言説を通して,結局,理解などできない人物が頻繁に登場する。小説のなかで,彼ら彼女らの行動,言説はすべて誰かの記憶に拠っている。それを語った人物の記憶いかんで,彼ら彼女らの様子は一様にはならない。『マイク・ハマーへ伝言』に登場する礼子や松本茂樹,「リンゴォ・キッドの休日」のフェリーノ・バルガス君や裕子,『スズキさんの休息と遍歴』の芝庭克哉。そう,『ららら科學の子』の彼も同じく,時にみずからの記憶を間隙によって揺さぶることさえする。

 かなり暴力的なものいいであることを承知の上,記憶が保持されない人の感情はいったいどこからくるのかとても不思議に感じたことがある。

 「常夏の豚」で,4時間しか記憶を保持できない(?)豚として目を覚ましたおれ,という設定が,今後どのように展開されるのか判らないものの,これまで矢作俊彦の小説を読み続けてきた身にしてみれば,これは彼の小説家以外,書くことを思いつきはしない物語だと思うのだ。



01月09日(火) 日記  Status Weather晴れ

 昨日の日記です。

 家内の実家近く古本屋でカート・ヴォネガットの単行本『モンキーハウスへようこそ』が50円で売られていた。当然,買い求める。文庫本上巻を買ったまま(もちろん読み終えた),下巻がよもや品切れのまま放置されるとは思わず,ずっと読めなかった短編をようやく目にすることができた。古本屋のありがたさ。
 でも,50円って?



01月10日(水) ヘルス・エンジェル  Status Weather晴れ

 映画「パプリカ」に登場したフレーズ

   パプリカ印の乳脂肪
   5%が鉄則!!

 の出典は,P-MODELのヘルス・エンジェルからだったようだ。監督自身がそう答えているのだから,(たぶん)間違いない。ということは,あの場面は「ヘルス・エンジェルかよ!」と突っ込んでよいのだろう。

   月の影でウサギがピョン

 は(書いていて恥ずかしくなるが),ヴァーチュアル・ラビットの住処だろうし,そんなふうに物をつくる人が出てきたのだと,妙に感動してしまった。



01月13日(土) 写真  Status Weather晴れ

 3カットの写真が一枚に紙焼きされ,カウンターの向こうに飾られている。モノクロで,アフリカのような景色。
 左のカットの両端に二頭の像の姿が映っている。中央のカットは同じ場所で撮影されたもので,像の間隔は近くなる。最後のカットでは二頭の像は,まるで互いにもたれ合っているかのようにみえる。
 で,像の記憶は,どれくらいもつのだろうか。

 ぐるりをギャラリーとしている小体なバァは,いつもは喧噪にあふれているのだけれど,週末だというのにその日はやけに静かだった。



01月14日(日) 更新中  Status Weather晴れ

 はじめに借りたホームページの容量は50MBだった。しばらく後,音楽データをアップするようになったのを契機に,別の50MBを追加して使っていたものの,少し前に,アップしているデータ量が規定を超えていることに気づいた。さらに50MBを調達し,トータル150MBになったので,これだけあれば,しばらくは賄えるだろう。音楽データを順次そちらに移している。

 はじめに置いてあったデータは削除してしまったため,移し終わるまで,曲によってはデータが存在しません。専用のページをつくり始めたものの,しばらく時間がかかりそうです。



01月17日(水) U2  Status Weather

 私が初めて徹と会ったのはまだコートを脱ぐには肌寒い頃,校門あたりには誰もいない時刻だった。学校が始まった初日,お互い,まだ校舎ではなんらかの説明が続いているところを,抜け出てきたのだ。
 煙草を吹かしながらやってきた喬司に「やんなっちゃうよな。出てきたんか」と声をかけられた。曰く,後の私たちが名付けた「喬司の“ン音便”」だ。彼の隣にいたのが徹だった。カーリーヘアーに黒のヘリンボーン柄のコートを纏った痩せぎすの姿は,カラスに巣をつくられた避雷針といった案配だ。

 記憶に順序などありはしない。

 徹はみずからの十代はじめ頃の写真をネタにして,笑いをとっていた。そこに映っていたのは,たとえ目を凝らしたところで,そのころの徹とはおよそ結びつきはしない太った男だった。
 「相撲部だったんだ」
 
 日の半分以上を徹や喬司と共にする日が続くと,話の端はしから,彼が毛嫌いしている3つのサークルがあることに気づいた。演劇部と漫画同好会,そして鉄道研究会だ。(とりあえず続きます)



01月18日(木) U2 2  Status Weather晴れ

 徹が毛嫌いした3つのサークルに何らかの共通性が見出そうとするなら,結局のところ,どのように“You”を発したらよいか,そこにひっかかりをもってしまう人が集まっている,とでも括ってしまうのはどうだろう。



01月20日(土) アイディア  Status Weather曇り

 最近の日記です。

 近々,スタジオに入る予定で,メンバーに声をかけはじめている。まだ,一堂に会していないのだけれど,それぞれのアイディアを聞いたところ,昌己が20数年前にコピーしていたJoy Divisionの“Dead Souls”を,やってみることになった。とはいえ,まだギター,ドラム以外のパートをどのように振り分けるかは未定。
 ただ,ひとたび曲さえ決まってしまうと,目に入ってくる諸々がネタにならないかと想像が膨らむのは,しらふでカバーすることに,どうも衒いをもってしまうからだ。
 歌詞を聞き取って歌うかどうかも判らないうちから,コーラスのフレーズだけは勝手に決めてしまった。小節の終わりごとに,こう叫ぶのだ。

  ロン! ヤス!

 当然,オーラスは,

  ロン! ノボ!

となる。



01月21日(日) 天秤  Status Weather曇り

 やはり最近の日記です。

 昨年末に『戒厳令下チリ潜入記』を読み終えて後,80年代,90年代にまとめられた岩波新書から,続けざまにアジア,中南米,中東,アフリカに関するルポルタージュを読み返していた。
 刊行当時は未来であった“今”から,本のなかの“現在”を俯瞰するのは,数多の“ノストラダムス本”を2000年に検証するような,狡い読み方になってしまうのは承知の上,とても面白かった。
 ところが,年明けに『決定版 コルチャック先生』(近藤二郎,平凡社ライブラリー)を捲ったところ,俯瞰したと思った“本のなかの現在”の抱え込む地層ばかりが記憶に残ってしまった。
 容易い敗北感。



01月22日(月) 粘土  Status Weather雨のち晴れ

 粘度でつくることができたのは鉄人28号まで。それ以降,手に負えなくなって,絵を書き始めたことを思い出す。



01月28日(日) 列車  Status Weather晴れ

 「彼女,ああみえても情熱的なのよね」
 相談してもしかたないことだとは判っていた。ただ,そのとき私が期待をしていたとすると,目の前にいる教師がカウンセリングを幾ばくかの生業としているその一点のみだけだった。ゼミの助教授は,まったく他人事だと伝わるように言い切る。
 「好きにすればいいのよ。深刻に考えることじゃないんだから」
 「そうしちゃっていいんですか」
 私は胡乱げに助教授を睨んだ。ナースステーションの処置室に置かれた丸椅子にすわったまま靴でバランスをとり腰を行きつ戻りつさせる様は,固有名詞を頼りに駄々をこねるガキのようにみえたに違いない。

 それは,精神科でバイトをしていた頃のことだ。病棟で年のころも私とほど近い女性が,私とコンタクトしたいと,他の患者さんを通して,そんな話が流れてきた。その頃の病棟の様子は,音楽の趣味から始まって何から何まで10年前の学校のようだった。中学生じゃあるまいし,ただ,そんなふうにもってこられるとあれこれ考え込んでしまうのは,それも10年前から成長のない自分なのだからしかたない。
 彼女の担当カウンセラーだった助教授に相談を持ちかけてみたところ,そうしてしまった自分を詛うしかない対応がすぐさま返ってきたわけだ。
 「美人さんだし,いいじゃない。そんな悩まなくても。人気あるのよね」
 返事は,週刊誌をネタにした喫茶店で時間つぶしのやりとりにとてもよく似ていた。
 「相手を混乱させるような会話に関しては自信があるんですけど,およそ建設的な話はできませんよ」
 「なら,ほっとけば冷めるわ。よく,熱しやすく冷めやすい,っていうでしょう」
 そうに違いあるまい。ただ,カウンセラーが“熱しやすく冷めやすい”なんて言うのは,あまりにも単純に物事を割り切りすぎなのではないだろうか。
 「そんな悩むことじゃないわよ」
 本人は意図していなかっただろうけれど,私にはそれが捨て台詞としか聞こえなかった。

 数週間後,助教授が言った通り,あれこれ悩んだ自分がばからしくなるほどの冷め切った空気が病棟を包んだ。




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