2007年6月

06月03日(日) 運動会  Status Weather晴れ

 経験に準じて差異を違和感として語ることに,なにがしかの意味があるとすると,それは半ば忘れた経験の掘り起こし程度のものだろう。

 昭和50年代,私が通った学校では,少なくとも運動会は家族に見せるために開催されたわけではなかった。余裕がある校庭といえども,1学年5クラス,6クラスはあり,すべての生徒が校庭に出ると,家族が観覧する場所など,猫の額ほどの広さしか確保できない。単純に,教師は,二手,もしくは四巴のゲームとして生徒に興味をもたせようとしていたに違いないと,今ごろそう思う。運動会の日は平日だった筈だし,はじめから終わりまで観覧していたのは家族ではなく,地区の高齢者だった。
 家族は,子どもの出番に顔を出し,時にはカメラで写真を撮り,昼近くになると弁当を携えてやってくる。運動会当日の生徒用に,仕出しのような弁当の注文を取り始めたのはオイルショック以降のこと。
 娘の運動会を見ながら,そんなことを思い出す。



06月06日(水) S 60  Status Weather晴れ

 「(略)デケイドなんてスケールを,無理に使うからいけないんだ。ショーワで言やぁ簡単さ。君が書きたいのはアメリカの昭和三十年代についてだ。昭和二十年代には朝鮮戦争があり,四十年代にはベトナム戦争があった。(後略)」
   矢作俊彦『ドアを開いて彼女の中へ』p.125,新潮文庫

 昭和60年代の始まりに発表された,あぶらだこのアルバム,通称「木盤」には“S60”というタイトルの曲が収められている。昭和60年代とひとくくりに1994年までを勘定に入れると,私にとってのその10年は実のところ,ピタリと手のひらに収まってしまう。

 「だから私が,自分でつけ加えなければならない。『にもかかわらず,今,我々はアメリカの昭和六十年代にいるのではなく,幸か不幸か,日本の一九八〇年代にいるのだ』と。」
   同書,p.126



06月08日(金) 書く  Status Weather晴れ

 「書かないということは,今を永遠に失うということだ。いや,書かれなかったことは,初めから無かったことだ。書かないならまだしも,おれは書けない。書けないまま,無くなっていく」
   矢作俊彦「常夏の豚」第7回より



06月09日(土) 数値入力  Status Weather曇りのち雨

 私は初手から,オールインワン・シンセを用いた曲づくりの手軽さに馴染んでしまったため,DTMソフトどころか,MIDIについてさえ,実のところほとんど理解していない。10数年前,サンプラーを手に入れた昌己が,カモンミュージックだったろうか何がしかのソフトを用いて曲をつくっていた時期がある。
 「曲作りに鍵盤弾くことなんてないぞ。鍵盤はいらねぇな」
 ときどき思い出したようにそういう昌己が,いったいどうやって曲をつくっているのか不思議でなかった。
 日本のDTMソフトの特殊性の最たるものが,数値入力だと知ったのはしばらくしてからのこと。リアルタイムで弾いたデータをクォンタイズするのでもなければ,一音一音ステップ入力していくのでもない。必要なデータをとにかく数値で打ち込んでいく。いまだ私には,どうやってそれで曲ができるのか理解できないのだけれど。



06月11日(月) 中華  Status Weather雨のち曇り

 桜木町あたりでその会の催しが行われるとき,打ち上げによく利用する料理店が中華街にある。中華で立食というあまり落ち着きのよくないセッティングで私は2回,参加した。

 それは3月の最終週,土曜日の夜のこと。夕方に家を出ると,予想より早く中華街に着いてしまったので,通りを隔てたフランチャイズのコーヒー店で休んだ。もうひと区画海沿いに行くと賑わいはあるのだけれど,その日は卒業式を終えた学生以外,戸外の強風に押し流されてしまったかのように萎れた客ばかり。開場少し前まで本を捲りながら時間を潰した。その日の会は参加者が円卓に着席する形だった。私の左隣には旧知の知人,右隣には数年振りに会った女性がいて,差し出された名刺をみると姓が変わっていた.全体,そんな会だった。

 その店の料理にはこれといった特徴がない。
 「どうして毎回,この店を使うんですかね?」
 隣の知人に尋ねたのは,着席して食べると,そのことが気になってしかたなかったからだ。
 「ここ,坂を降りたところにあった店だよ。行ったことなかったっけ?」
 そう言われて記憶がよみがえってくる。旭区で,その会が開かれるといつも使っていた中華料理店があったのだけれど,いつの間にか店を畳んでしまったのだ。
 中華街で修行した料理人が開いた店というのは,あちこちにあるものの,馴染みの店が中華街に移転したという話は他に聞いたことがない。



06月12日(火) 韜晦  Status Weather晴れ

 非公認バンド作詞家に付けてもらった,“Person to Person”の歌詞がとても気に入っている。「たまにはラヴ・ソング」よろしく,実にストレートな言葉は,いつにもまして,“こういう歌詞は書けないな”と思う。週末には,那智君にお願いしたギターアレンジが出来たとの連絡も入った。
 シェフみずからにサービスを受けるに等しいけれども,非公認バンド作詞家にはメロディラインまで考えてもらったので,いつの日か自作のボーカリストとして登場いただけるとありがたい。
 と,諒解を得ていないため,実際の歌詞はアップできないのが残念。



06月13日(水) リレー  Status Weather晴れ

 第一走者のスタート地点から20メートルほど先あたり。試合開始間際,あわててテープを渡した教師2人。そして数秒。先に気づいたひとりが握った手を離すと,もうひとりは脱兎のごとくテープをたぐり寄せた。



06月16日(土) 都電  Status Weather晴れ

 信号が青に変わった。道路の先には都電が走っていて,右手から電車がやってくるのが見えた。小走りで線路を越えた途端,警笛が鳴った。振り返った先に見えたのは一人のおばさんの姿。無理に渡ろうとして電車と接触しそうになったのだろうと思ったものの,なぜだろう。そのおばさんは線路に並行して走っている。逃れようという考えだけで頭がいっぱいになり,どの方向に向かってでも変わりないと判断したのだろうか。
 右手すぐの駅まで,数十メートル。電車に追われて走るおばさんの姿は,勝手に私の記憶に割り込んできた。



06月17日(日) サムライ・ノングラータ  Status Weather晴れ

 『サムライ・ノングラータ』が漫画文庫に入るのはうれしいものの,選択肢として「オフィシャル・スパイ・ハンドブック」は挙らなかったのかが気になる。
 ネットで検索すると,2巻本で,やけにページ数が多いようだ。まあ,実際の本を見てみないと判らないけれど。



06月19日(火) !  Status Weather晴れ

 と思っていたら,これ小説じゃないか。



06月20日(水) !!  Status Weather晴れ

 ――『サムライ・ノングラータ』のノベライズ(?)というと,後半は「犬には普通のこと」が絡んでくるかもしれない??でも司城志朗と共著というから,シナリオには手を入れさせても,一度書いた小説をもとに他人に書き換えさせるなんてことさせないだろうな??など期待や想像が膨らんだのは数十分。

 BBSで定吉さんからいただいた情報のとおり,この『サムライ・ノングラータ』はどうやら『海からきたサムライ』を改題したもののようだ。

 こういう久生十蘭もどきの手管をよくやるんだよな。まったく。



06月24日(日) !!!  Status Weather

 というわけで『サムライ・ノングラータ』(矢作俊彦,司城志朗,SB文庫,全2巻)を手に入れた。読み進めると,全編にわたり手が入れてあるというのは本当で,登場人物が変わっていたりする。夢野久作のおやじが出てくるなんて,北一輝や南方熊楠だけでは物足りなかったのだろうか。
 というような手の入れようなので,これは矢作俊彦が再構成したと考えるのが妥当だと思う。
 井家上隆幸の解説は,ていねいに角川ノベルズ版『暗闇にノーサイド』の収載された矢作の「あとがき」をかいつまんで紹介していて,私は,この「あとがき」と東郷隆の『定吉セブンは丁稚の番号』の「解説」の文体が,長い間,とても好きだったことを思い出した。
 なかに「私は生まれながらのなまけ者なのだ。一度シナリオにした物語りを,再び小説に書き直すような根性は,どこをどう探してもみあたらない」とあるけれど,当時から,一度発表した小説に手を入れて単行本にまとめる志は存分にあった筈。




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