矢作俊彦の小説に二村がはじめて登場するのは,発表された小説第2作目「夕焼けのスーパーマン」[ref]「ミステリマガジン」1972年9月号初出,後に『神様のピンチヒッター』に収載。その後,執筆される矢作俊彦の小説の雛形になった作品。特に作中で経過する時間が,小説第1作「抱きしめたい」 と比べると遥かに短いこと,さらにヨコハマ,酒場,米兵,中華街,ワイズクラック,引用,そして魅力的な人物造形など,本作に示される要素を切り分けていくと,昭和の時代に描かれた矢作俊彦の小説に共通するキーワードを見出すことができる。今回,このエントリーのために読み返したところ,まったく古びていないどころか,昔読んだときに比べて遥かに面白かった。若干22歳でこの作品を描いたというのは,才能はあるところにはあるのだと痛感する。[/ref] である。ただし,登場人物の一人として描かれるだけで,同姓の別人と考えてよいだろう。作中では“二村警部”と呼ばれている。その初登場シーンはこんな具合だ。

電話ボックスは,クラブから五十メートルくらいの所に在った。梟式の光電管が入れた灯は未だ煌々として,逆光が手前に佇んだ男を全くの影にしていた。
痩せて,おそろしく背の高い影が俊郎へぶらぶらと近寄って来る。
お互いの顔が見えだして二人は立ち止まる。影だった男が,手の甲で鼻を掻いた。
「なるほど」と俊郎が言った。「警官とさよならを言う方法は本当に発明されていないようだ」[ref]光文社文庫(1989),p.72[/ref]

引用のうち,“おそろしく背の高い”は,後の“二村永嗣”との差別化のためか,単行本化の際に修正された。 [ref]一方,「言いだしかねて」に登場する二村は「ミステリマガジン」掲載時からすでに“おそろしく背が高い”と形容されている。後述予定 [/ref]

続 く第4作「王様の気分」[ref]「ミステリマガジン」1974年5月号初出,後に『神様のピンチヒッター』に収載。[/ref]では主人公に昇格する が,印象は初登場のときとあまり変わりない。ここでは二村“英治”と名前がつく。初出誌では“永爾”を用いおり,単行本化の際,漢字を変えることで,別の人物にしたのだろう。 [ref]Weblogがダウンしている間に,「音の本棚」で「王様の気分」が取り上げられた回のアーカイブがここに上がっていることを知った。[/ref]
第 6作「言い出しかねて」[ref]「ミステリマガジン」1974年9月号初出,後に『神様のピンチヒッター』に収載。[/ref]でも,人物造形に変化はないが,少しくだけたところが出てくる。デヴュー作から主役を張っている翎,「夕焼けのスーパーマン」の由子と共演する。

この時期の二村は,どこか日活映画に登場する二谷英明に二重なる。映画の最後で悪行を露見され,主人公に撃たれる役回り。正論を吐くけれど,にもかかわらず誰も彼の言葉に心動かされることはない。