名無しの探偵ではなく,日活アクション映画における主人公を擬える二村永爾は,初対面の相手にみずからの名前を伝えるとき,しばしばこんな按配だ。

「二村永爾(えいじ)ってお読みするのね」彼女の爪が,カウンターの上で名刺の縁(へり)を突ついた。
「古い字ね,おじいさんみたい」
「莞爾(にっこり)とわらうって意味ですよ。昔の字です。年寄りがつけたんだ」(『真夜中にもう一歩』より)

莞爾=にっこり笑うは,辞書に出ているし,村上一郎とのつながりで石原莞爾にその由来を想像することも難くはない。

『サムライ・ノングラータ』(漫画版)や『あ・じゃ・ぱん』を持ち出すまでもなく,矢作俊彦は小栗虫太郎の作品を援用することがある。法水麟太郎や『黒死館殺人事件』からの援用ならば字面でピンとくるかもしれない。しかし,その他の小説となると,読みづらさばかりが目立ち,物語を追うだけで精一杯だ。

法水麟太郎が活躍する中短編が文庫でまとめられたので,とりあえず「後光殺人事件」を読み始めたところ,こんな箇所があった。

彼は法水を見ると,莞爾(にこ)っと微笑んで,
「ヤア,漸(やっ)と助かりましたよ(後略)」

二村永爾の名前は,ここからとったのかもしれない,と,とあるSNSに投稿した。

ただ,あらためてこのページを書きながら,もちろん作家自身に伺ったわけでもないので,せいぜい,こんなふうにも考えられるというくらいの発見というか,戯言だなあと思いなおした。

なお,姓については,角川文庫版『真夜中にもう一歩』に収載された高橋源一郎の解説中のエピソードが正鵠を射ている感じがする。