30歳での自らの死を予告し,その通りにしたジャック・リゴー。その名を唱えながら,
「健康なんて,病気の除外診断でしかないのに,いつまでも大手振って日のあたる大通りを歩いていられると思うな。いつか寝首かき切ってやる。」
欲望を持続する体力に乏しいせいか,幾多の覚悟が変節するなかで,あまり品のよくない志を忍ばせ,これだけは変わらずにいる。
イワシの頭を拝むのと,たいして変わりないことだけれども。殊,精神科で患者さんと接していたころは,いまよりも高圧的な態度で,そんなふうに考えていた。
Oneが問題かかえているからthe otherに具現化する。Oneを変えられなければ,anotherに期待するしかないというのが,得意の論法だった。
ところが,だ。
最近では,「健康=日常生活」におきかえられつつあるようなのだ。どうにも居心地が悪い。
「そんなの詭弁じゃないか」と,声を荒げることはできても,たとえば愛煙家の行く末を横目に見ると,勢いが萎んでしまう。
たとえば,「がんになりやすい性格」なんていわれても,新手の自己開発セミナーを生むだけ,まさかナチスをめざしてるわけではあるまい。それじゃ,リーフェンシュタールが縁側でする茶飲み話の間の手だ。
病気になったら辛い,だから,ならないように学習する。では,どこに生きた=人生があるのだろう。
ANOTHER GAMEは前線にある。
気絶したまま幽霊のように徘徊する。
なんか,やけに80年代っぽい話だ。ボケはじめたか?