バブルの終わりの始まりごろ,ローマから入り,ミラノで働く弟のアパートに潜り込み1週間,最後は夜行列車でパリにたどり着いた。
ポンピドゥ・センターに寄る以外,予定はなかったが,バスルームシンガーに限りなく近い女性ボーカリストは「アニエスbの帽子がほしい」と,カッコだけはつけたがる。
地下鉄を乗り継ぎ,店を探し出し,ほどなく頼まれものを買い付けると,出発まで,あまり時間はない。
会社への土産は,悪意を忍ばせて,ドゴール空港で買うことに決めていた。
CDを買おうかとヴァージン・メガ・ストアを覗いたが,ああいう店舗は,値段以外,どこの国でも,あまり変わりない品揃えだ。ミラノでも入ったばかりだったことに気づいた。
場所は覚えていない。もう二度といけないだろうが,どこぞの酒屋に入った。フランスに来たからにはワインだろう。疲れてくると,ものごとを単純に考えたくなる。
とはいえ,相手はフランス語ばかり。手書きのラベルさえ珍しくない。考えあぐねていると,緑色の瓶が目に入った。見た目はタンカレーみたいなのに,ワインらしい。
“Sandeman”
ラベルに描かれたシラノ・ド・ベルジュラックのようなシルエットが妖しい。ホフマンの砂男のことなのだろうか。
いろいろな思いが錯綜し,思わず買い求めた。
壮絶な悪天候のため出発は2時間遅れ,飛び立ってからも揺れがひどく,食事のサービスができない状態で,ソ連上空をゆく。
私は,早々にジントニックを流し込み,仮に胃がひっくり返ったとしても,酒のせいなのか揺れのせいなのか判らない状態で眠りについた。大韓航空機はソウル経由で成田に到着できた。助かった。
アパートに着いたその週末,友人とSandeManを開けることになった。律儀にオイルサーディンを携えて,そ奴はやってきた。
「どんな味なのだろう」
「まず,俺からな」
沈黙。そして声。
「うまい! 子どものころ想像していたワインの味だ」
「!?」
「飲んでみろよ」
「おー」
地の底からわき上がるような嘆息が続いた。
そうやって,ワインが空になるまで,それほどの時間はかからなかった。
翌日。私たちは初めて,頭が割れるような二日酔いに悩まされた。
思えば,ポートワインだったのだ,SandeMan。フランス産でもなかった。
二人で1本空けるものじゃないだろう。