週末

というよりは,ほとんどこの1週間。

金曜日は午後からDMの発送。助っ人にほとんどセッティングをしてもらい,切手を貼って投函するところだけ自分で行なう。

土曜日・日曜日と,広告費の補助金申請の書類づくり。ルーターのセッティングが袋小路にはまったとき,YouTubeの解説動画をみたもののまったく役に立たなかったことがあって以降,解説動画を見ることはほとんどない。とはいえ,ただでさえ,普通の説明を曲解する私が何の補助なしに申請書を書いて発送できるとは思えない。月曜日は商工会議所での面談なので,とりあえず,YouTubeで解説を探し,見ながら書き込むとなんとか終わった。

月曜日は夕方から申請に必要な書類を依頼するために商工会議所まで行く。朝から来社が一件あり,メールを書いたり,電話でやりとりしていると15時を過ぎてしまった。必要書類をもって商工会議所まで行く。すぐに終わって,水曜日に書類を受け取りに行くことになった。

西新宿まで出て,サイゼリヤで休憩。夕飯用におかずを購入して帰宅する。

当面の資金繰りのめどがつきそうなので,予定していた企画を順次,進めることにする。

平井玄の『鉛の魂』を読んでいる。歳をとると,意図的な表現なのか誤植なのか区別がつかないところがときどき出てくる。とはいえ,著者は私よりひとまわりは上なので,誤植なんだろうな。

AC

午前4時,NASが停止したとのメールが届いていた。事務所に行くと確かにNASはダウンしている。スウィッチを押すものの,静かなままだ。どうしたものだろう。これが20年くらい前であれば,NASのメーカーの電話番号を探し,連絡して対応法を確認する以外,思いつく術はなかったのではないか。当時,数多あったパソコン雑誌をひっくり返し,症状に合致する記事を探すことくらいはできたかもしれない。それさえ雑誌をある程度,購入していることが前提で,ましてや記事が掲載されていない可能性のほうが高い。

何をしたかというと,ネットで検索しただけだ。最近,Vivaldiの検索窓はEcosiaになっていることはさておき,NAS,電源が入らない,など3つくらいのキーワードで探すと,どうやらACアダプターが壊れたようだとわかった。ACアダプターって壊れるのか? と思いはしたものの,いくつかの記事を読むと5年くらいで壊れることがあるらしい。そんなものなのか。

AmazonでACアダプターを検索したところ,在庫はあって,あと15分以内に購入すれば当日便で届くという。これを便利と判断してよいのか躊躇われるものの,”便利”なものだ。

1年半ほどでたまった埃を取り除きながら到着便を待つ。夕方,ACアダプターが着いたので差し込むと,無事,NASが動いた。

私にしては実にストレスのない流れで,しっくりこないのだが,その”便利”さにあれこれ考えたりもした。

記憶

もともとは記憶をたよりに打ち込んでいた本サイト,たぶんWordpressに移行する前のWindows版日記フリーソフトを使いはじめたあたりから明らかに日記になっていったような気がする。その前のClover Diaryも途中から日記化していたとはいえ,打ち込む環境で内容が左右される面はあるように思う。

スネークマンショーのアルバムでサティの「ジムノペディ」が取り上げられてからしばらく,イーノではない環境音楽の一環としてサティの家具の音楽が流行った時期がある。もちろん1980年代前半だ。1980年代前半というのは年単位どころか月単位で流行が変わったりすることもあったので,それがどのような時期だったかとはうまく説明ができない。

ラインベルト・デ・レーウのピアノをはじめて聴いたのはその頃のことだった。NH-FMで2時間くらいにわたりサティを特集した。「ジムノペディ」は高橋悠治の演奏がかかったと思う。「オジーヴ」がやたらとゆっくりしていて,これがラインベルト・デ・レーウの演奏だった。

次に聴いたのは,メシアンの「世の終わりのための四重奏」で,この曲はいまだにラインベルト・デ・レーウがピアノを弾いたアルバムが一番気にいっている。

この前までチェット・ベーカーをランダムに流しながら仕事をしていたのだけれど,ここ数日はラインベルト・デ・レーウのピアノをかけながら仕事だ。

今朝,事務所にくると,NASが立ち上がらないというか電源が入っていない。ネットで調べたところ,ACアダプタが壊れてしまったらしく,慌ててAmazonで注文をした。今日中に届くのだそうだけれど,徹曰く「クラウドにしたほうがいいんじゃないか」というのも確かにそうだとは思う。

週末

金曜日にデザイナーと飲む予定も含みおいて,前日,昌己に声をかけた。3名で川向こうのミートボール居酒屋に予約を入れた。

デザイナーの都合が悪くなってしまい,急遽,徹に声をかけて3人で飲むことになった。仕事の話はあったりなかったりで,あっちに話が行ったり,こっちに飛んだりで,まあたのしい飲み会だった。

帰宅して1時間ほど経てから眠ってしまった。家内は友だちたちと旅行だ。4時くらいに起きて,ふたたび眠る。酔っぱらっていたこともあって結局,9時間以上眠ったのではないだろうか。10時前に起きてシャワーを浴びる。事務所に寄ってから先日,検査を受けたクリニックに結果を聞きに行く。血液検査の結果はすべて正常範囲内で,血圧,心電図検査の結果と合わせて問題ないとのこと。この2年くらい,健康診断を受けていないので,結果に安堵した。

事務所に戻って仕事をして,夕方,マッサージを受けに出る。無茶苦茶凝り固まっていて,どうにかほぐれた感じだった。夕飯はぺいざんでとって帰宅。昨日の話よろしくあっちの本を捲り,こっちの本を読んだりしていつの間にか眠ってしまった。

日曜日は昼前から事務所に行く。著者と電話で1時間ほど打ち合わせ。少し作業をして帰宅。徹から借りてきた原一男の『水俣曼荼羅』第2部を観る。本を読みながら昼寝。夕飯を食べ終わった頃に家内が帰宅。

水俣病については,石牟礼道子の作品ではなく,原田正純が記した新書を通して理解したことと,吉田司の『下々戦記』の影響が強いのだろうな。水俣病問題を通して,いまだに解決がされ得ない状況は,なんだか第二次世界大戦後の解決がされ得ない状況に似て,矢作俊彦が言うところの,この国の曖昧を欺瞞で糊塗する尻ぬぐいのしかたに由来するのだろう。被害者を悪く言うつもりはまったくないものの,「水俣曼荼羅」を観ながら,1980年代はこうした力動から離れようとばかり感じていたことを思い出した。

このところYouTubeでラインベルト・デ・レーウの演奏を聴いていたので,なおさら学生時代に戻ったかのような感覚なんだろうな。

連休明け

慌ただしさの真っ只中で犬死するための方法序説,ではないものの,バタバタとしている。

今日の話。午前中,信用金庫と打ち合わせ。諸々の契約書を30分ほどでまとめ,必要な書類を確認してもらう。で,税金関係の書類が必要になった。

何の書類が必要かまったく考えないまま,なぜか法務局をめざす。事務所から法務局へは国際興業バスで行くのが便利だ。ただ,行きに踏み切りを渡ることがなんとかできたタイミングを待ってしまった。結果,上り下り2本の電車を待った後にバス停にたどり着く。いやな予感はした。案の定,バス停を1メートルほど過ぎたところで踏切待ちをするバスに遭遇する。もちろん乗せてはくれない。その後,同じようなことを繰り返す準備は整っていたのだ。

西武新宿駅まで行き,職安通りをおとなしくコの字通りに横断歩道を渡り,新大久保の裏通りから大久保を過ぎ,法務局へ行く。当然,そこで書類が出ることはない。行くべきは税務署だ。税務署って,国税と都税とで分かれていて(この区別も心もとない),必要なのは法人事業税で,これは都税事務所で発行される。にもかかわらず,次に私が訪ねたのは新宿税務署だ。受付をし,用紙を記入して待つものの,必要な書類が発行されるのはここではない。ようやく行くべき場所を確定したので,このタイミングで必要なものを電話で確認してみた。最初にすべきだろう,これは。

で,必要なものが揃っていないことがわかる。都税事務所はここから歩いて10分もかからないにもかかわらず。今日は歩いて駅に戻り必要なものを取った後,最初から行くべきところまで向かう気力はすでに残っていない気がする。タクシーを止めて事務所の前までつけてもらい,必要なものを取って小滝橋通りまで戻る。

ようやく落ち着いてきた。必要な書類を受け取り,西武新宿駅まで戻り昼食をとる。下落合まで行き,出張所でさらに必要書類をとり,事務所に戻ってきたのは15時前のことだ。

半村良の『うわさ帖』を読み直す。

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