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週1度程度の更新で支障ないほど,同じことを繰り返していた。ここ1週間はそれでも校正PDFが頻繁に届くので,著者や関係各位とのやりとり。注文も少しはあるので,発送したり倉庫に依頼したり。

五木寛之の『にっぽん三銃士』は下巻の終わり近く。もっとあちこち動けばよいのひ九州にまだとどまっている。まあ,長崎あたりのところ。さっと読めるので読み終えてしまえばよいのだが。

作業用にBGMプレイリストをつくった。リフ中心の曲で邦楽縛り。”Long Season”はPink Floydの”Echoes”とつなげるのがしっくりくるんだが。まあ,それではただ長くなるだけだし。

このところ

インタビューやら録音データのテープ起こしに時間がかかり,新刊の搬入に関する作業や請求書作成など,あちこちにしわ寄せが出て,忙しいったらありゃしない。

坂本龍一の訃報以後,仕事をしながらキャリア全体にわたる曲をかけている。坂本龍一はリフなんだなあとあらためて感じる。「Esperanto」あたりは本当にすばらしく,ただ,音楽を聴きながら感情が揺さぶられる感じを受けるのは,上野耕路などによるオーケストレーションとのコラボによるところが大きいように思う。YMOへの距離感はまったくなくなってしまったけれど,ギョーカイっぽさと一線を画した当時のニューウェイヴの感触をあれこれと思い出す。

土曜日は午前中,マンションの管理組合理事会に出席し,終わってから事務所に。仕事を片づけ,夕方から家内と高円寺まで買い物に出た。高架下の工事が部分的に終わり小洒落た店が入っていた。蟹ブックスに久しぶりに行き,「ユリイカ」の「総特集/マヒトゥー・ザ・ピーポー」を購入。雨が止んだのでルックの方まで上がっていき,折り返して買い物。古本サンカクヤマで1983年の「スタジオ・ボイス」が200円で売っていたので2冊購入した。夕飯をとり帰宅。寒くなってきた。

日曜日は午後から事務所に行く。さすがにインタビューも録音データ起こしにもめどがついてくる。夕方早めに帰宅し,とはいえデータ起こしの続きを1回分だけ済ませる。

「ユリイカ」は下津光史が寄稿していたから買ったので,全体にそれほど期待はしていなかったものの,面白かった。表現者というよりも仲介者の側面に,自分がやりたいことが重なって,にもかかわらず,そう簡単には仲介者がめざすことはできないのは日頃痛感しているので,なおさらに。

『にっぽん三銃士』は上巻最後の電凸のあたりからしばらく低調で,下巻100ページくらいから持ち直してきた。

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坂本龍一の訃報。芹沢俊介の訃報。で,1980年代を折り返す前,1982年からの数年間,あの時期に身に着けた所作をずっとそのまま更新せずにいることを感じる。知識との距離のとりかたや,吞み込まれかたなど,それは幸せな経験だったのだと思う。

ミュージシャンとしての坂本龍一は第一にリフの人であって,だからもしかするとマーク・ボランやロバート・フリップに通じるところの人なのだろうと思う。メロディやオーケストレーションはたぶん共同作業のうえのもので,そこにオリジナリティを感じたことはあまりなかった。

それよりも「IN☆POCKET」誌上で村上龍と続けた対談・鼎談のほうがはるかに影響を受けた気がする。ミュージシャンが小説家や批評家,学者と共通言語を通して話し合うことの面白さを,この連載でまだ10代だった私は感じたのだ。

その後,何人ものミュージシャンが同じような立ち位置で登場したものの,坂本龍一(と村上龍)のようなアウラはなかったように思う。それはまた高橋幸宏や細野晴臣でも代替し得ない,坂本龍一独自のものだ。北山修はときどき似たようなポジションに立つことがあったものの,彼は音楽家としてはアマチュアリズムのみで立ち続けた人だから,坂本龍一とは違うのだった。坂本龍一がたぶん,あの対談・鼎談で語ったなかで印象的だったのは反戦フォークに歌詞としてのメッセージは感じるけれど,音楽に反戦というメッセージを感じないことへの違和感についてのものだった。レトリックとして切り取って援用できる言葉が,あの対談・鼎談ではいくつも登場した。私が固有名詞に弱いのは,あの時期のこのような対談を通過したからだと思う。

まったく話を飛ぶけれど,宮内悠介がときどきみせる含羞,それは本,古本を通して出会った人とひょんなことから一緒に演奏する場面で見せる含羞は,本,古本の人が歌に乗せる意味はあくまでも歌詞にしかなくて,曲が付け焼き刃のように思われるからではないかと思う。あの居心地悪さを目にするたびに(数回,ネット上で見ただけだけれど),坂本龍一の言葉を思い出すのだ。

まだ怒濤だったかもしれない

というわけで3月は終わってしまう。

週末は仕事をしながら,吉祥寺に出て眼鏡を買ったり,高田馬場と東中野のブックオフが70%オフなどというセールをしていたので出かけたり。70%オフというポスターを見ると,人は動悸がするようになるのだな。

すでに著者校正を終えているはずの対談の整理を終え,インタビューと座談会の原稿作成をこの週末に進める。月曜日はたまプラーザまで出かけ打ち合わせ。遠いなあ。曇天のもと,桜がきれいだった。

月曜日から昨日まで自宅の風呂場と洗面台を取り換える工事が入っていて,火曜日と木曜日は在宅勤務になった。どちらもweb会議が入っていたので,火曜日はなんとかマイクをオンオフしながら,木曜日は会議の時間だけ事務所に行って対応することにした。

リフォームで,あったはずの予定がまったく違ってしまった。ブックオフのセールが加わり,結局,先週からの怒濤をいまだ引き摺っているような気がする。空いた時間に五木寛之の『にっぽん三銃士』を読む。

怒濤

この1週間でWeb会議2件,出張先で打ち合わせとインタビュー,マンション理事会などを済ませ,昨日は踊ってばかりの国のライブを観に渋谷まで出た。さすがにからだが重い。

このところ京都出張は年に数回あり,だいたいが日帰りもしくは大阪・神戸あたりでの仕事を絡めてスケジュールを立てる。今回は2件とも京都だったので一泊することにした。京都に泊まるのは家族と音博に来て以来だと思う。今回は家内と二人で若干の観光も兼ねて予定を立てた。

昼過ぎに京都に着く。凄まじい人出で,新型コロナ禍前にすっかり戻っている。それを上回るかもしれない。荷物をコインロッカーに置き,少し店を見てから家内とわかれ打ち合わせ場所に行く。1時間ほどで終わったので地下鉄で今出川まで出て,しばらく歩き,待ち合わせ場所のパン屋に入る。遅めの昼食をとっていると家内がやってきた。

バスで烏丸御池まで行き,蛸薬師通から上がったところにあるホテルにチェックインする。きれいなビジネスホテルといった感じで,私が仕事で京都にくるようになった30年近く前はこのクラスのビジネスホテルが京都にはほとんどなかった。ビジネスホテルに求めるニーズから検討すると,畳部屋六畳,夏にもかかわらず冷房なしで扇風機,布団を敷いて眠るだけ,という感じの旅館を選ぶことになった。

夕飯は先斗町の豆腐料理屋に予約を入れている。まだ早かったのでぶらつきながら先斗町の店をめざす。夕飯を終え,阪急電車で一駅戻り,ホテルに帰る。

翌日は9時過ぎにチェックアウトし,大宮まで歩き,フルーツサンドを朝食にする。バスで京都駅まで行き,荷物をコインロッカーに入れてから近鉄電車で東寺まで行く。出張帰りにブックオフに寄るときは歩いていくのだけれど,微妙な距離なので電車に乗ることにした。東寺の骨董市を覘いていると,WBC準決勝勝利にまわりが沸き立つ。ぐるっと見てから駅に戻る。

家内とわかれてホテルのロビーラウンジを確認していると,撮影をお願いした丘野君と会う。10年ぶりに会った彼はまったく変わらず,私だけが年を取ったように思った。ロビーラウンジでセッティングを終え,1時間くらいのインタビューを収録。15時半くらいに終わり,丘野君とわかれて駅に戻る。

家内と待ち合わせ,喫茶店で昼食をとる。お土産屋を覘き,18時過ぎの新幹線で戻る。で,次の日は踊ってばかりの国とアリス・フィービー・ルーのライブを渋谷WWWXに観に行く。

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