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朝から商工会議所の面談予約を入れ,その後,来週の打ち合わせ,取材の予定を詰める。決算関係の資料のひとつを税理士に送る。夕方からStoresにアップする本を選び,少しきれいにしてから撮影。20冊くらい上げた。このところ動きがあるので点数をもう少し増やしてみようと思う。

偶然について。

武谷三男がいうところの「特権」と「人権」は,本人が口頭で述べる以外,まとまった文章がない(にもかかわらず1冊の本はあるのが不思議なところ)ので,どのように切り分けていたのかわからないものの,ものごとをみていくときに便利なとらえかただ。

フロイトが無意識に意味を与えてしまって以来,いくつもの学問領域で意味をもたない状態に意味を与えてしまう所作が続く。意味をもたせていくことと,無意味を無意味のままおいておくこととは別だと思うのだけれど,意味をもたせていく所作はどうも居心地が悪い。偶然を偶然のままにおいてなお面白く思われるものごとが少なくなっているように思う。

たぶん,おたくとは,偶然におかれたものに意味を与えるのではなく,そのままにおいて面白くとらえる視点に長けていたのではないだろうか。また,その所作をサブカルとくくり命名したのではないか。

月蝕

家内の仕事が遅くなる予定なので,帰りに夕飯を調達。18時くらいに事務所を出て山手通りを東中野まで歩く。ブックオフで本を購入し,頼んでおいたお弁当をとりに駅前の高架を渡ると手すりにずらっと人が立ち止まり東の空を見上げている。月蝕の時間だった。つられて見上げると蝕に入りかなり経った様子だ。アトレでコーヒー豆を買い,お弁当を受け取る。地下鉄で中井まで戻り,事務所にお弁当を置き,カメラを携えて通りに出た。

川にかかる橋の欄干でカメラを固定し撮影を試みたものの,あまりきれいには撮影できない。数枚撮影してあきらめる。事務所に戻り,荷物をとって帰宅。中井英夫の『月蝕領崩壊』を引っ張り出し,ついでにiPhone SEで撮影した。

月蝕は終り、月光は甦って、深沈とその廃墟を照らし出すだろう。

中井英夫『月蝕領崩壊』

4回目

午後から聖母病院まで新型コロナワクチン4回目の接種に行く。講堂に初めて入った。靖国通り沿いに設えた区の接種会場に比べると,段取りはスムーズ。久しぶりに,娘が通った小学校の方の道を歩いて事務所に戻る。あのあたりの落ち着いて,にもかかわらず暮らしが感じられる様子はホッとする。

事務所に戻ってから少しだけ仕事を済ませ,18時前に帰宅。1時間ちょっと眠る。

土曜日はだるいので昼過ぎまで起きたり眠ったり。ポール・ベンジャミンの『スクイズ・プレー』をようやく捲り始めた。買ってすぐに第1章を読み,あまり気乗りしなかったのでそのままにしておいたのだ。ぼーっとしながら読むには手ごろな話とはいえ,離婚した元妻と息子とのエピソードあたりからは70年代から80年代のネオ・ハードボイルド派のだめな感じが伝わってきてしまう。その後,落ち着いてきたので,夕方,髪を切りに行く。帰りに事務所で少し仕事。

日曜日もまだ調子がよくはない。昨日よりの腸の働きが悪い気がする。風邪薬を飲み,午後から事務所に。日帰り出張から戻ってたまった書類などを整理する。これは物理的に整理するということで,捨てたり場所を変えたり。発送物を少しつくり,宅配業者に取りにきてもらう。17時に家内と待ち合わせて高円寺まで買い物に出る。秋は終わったような感じの気温。

枚方

休日に朝から大阪まで販売出張。7時過ぎに家を出て,事務所で荷物をカートに乗せて駅まで。高田馬場経由で品川まで行く。嫌な予感は的中というか当然のように,この時間から旅行客で品川駅は大混雑。だいたい構内で朝食をとってから新幹線に乗るのだけれど,早めに出たほうが無難だと思い,寄り道せずに改札をくぐる。

幸い自由席にまだ余裕があったものの車内販売がなかなかやってこない。浜松を過ぎたあたりでモーニングを頼む。先にホットコーヒーだけもらい,少ししてからサンドイッチをもってきた。車中,ルシア・ベルリンの『掃除婦のための手引書』(講談社文庫)を読む。しばらく前に古本屋で買ったままにしていたのを鞄にいれてきた。車中,釣銭を忘れてきたことを思い出す。

新大阪から地下鉄に乗り換え,さらに京阪電車へ。淀屋橋の改札手前にATMがあったので札は確保した。あとは100円玉をこまめにためる必要がある。枚方市で降りた。

中学時代,枚方だったかな,豊中だったかからの転校生がいた。親戚が豊中にいて,枚方パークにも何度か連れていかれたので,少しだけ他の同級生より土地勘があった。彼が懐かしそうに大阪の話をしたことを思い出す。ただ,土地勘はほんの少しだったので,話しながらなんだか始終,すまない感じを覚えた。

駅前で飲み物と付箋を別々に買い,20枚くらいの100円玉を確保した。そのまま会場に着いたのは12時前。挨拶をしてセッティングしたものの,13時から会が始まるまで,受付優先で本を買おうとする人はほとんどいない。もちろん会が始まってからは受付にも人がいなくなる。3,000円ほどが売れただけだ。赤字かなあとあきらめ気分で会場を覘く。16時の閉会間際,だいたいは慌ただしく帰ってしまう参加者多いのだけれど,アナウンスしてくださったおかげで本は売れていき,30,000円を超えるくらいが手元に残った。交通費を差し引いても足が出ないで済んだ。

昼食をとっていないので,駅のあたりで店を探す。が,結局,王将に入り,焼きそば定食と生ビール,味噌ホルモンを注文した。関西の人間ではないので,焼きそばやお好み焼きをメインにごはんを食べる習慣はない。どんなものだろうと思ったら,焼きそばの上にプレーンオムレツというか卵焼きというかが乗っていてそのうえにケチャップがかかっている。オムレツとケチャップで一品だなあ。

さすがに頼みすぎたと思いながらなんとか食べ終わる。駅の一画にあるケーキ屋でお土産を買って帰る。行きも帰りの特急がすぐに来たので枚方と淀屋橋の間で停車するのは4駅だ。北浜の少し手前まできて,京橋で環状線と乗り換えられることに気づいた。わざわざ地下鉄に乗り換えなくても。北浜で降り,京橋まで戻り,環状線に乗り換える。大阪経由で新大阪まで行く。新幹線構内は無茶苦茶混雑していたものの,帰りも自由席でシートを確保できた。

疲れてしまい,うとうとし,ルシア・ベルリンの文庫本を捲りまたうとうと。21時過ぎに品川に着いた。

キャラバンサライ

このサイトのどこかに書いたことがある。書いたことをすべて記憶しているはずはなく,忘れたことを思い出すこともある。

再開発の名のもと,取り壊される新井薬師前駅南口の鄙びたビルの手前にも,だらだらと続くようにビルが並んでいる。もしかするとあの一画,つながっているのかもしれないものの,そんな感じで塀のようにビルは南口とその向こうの道を隔てる。

南口にすぐ近いビルの階段を登り右側にスナックが一軒あった。永岡君にまつわる話で,これははっきりと書いた記憶がある。彼は中学校時代の友人で,キングクリムゾンの『宮殿』と『リザード』を初めて聴いたのは彼の家でのことだった。入学して早々,図工の授業は神社で写生だった。彼は私のもっていた絵具を見て,「ウルトラマリンブルーだ」と執拗に繰り返す。妙な奴だなあと思ってから結局,3年間,仲がよかった。

進学してからすっかり会うことがなくなり,20代を折り返した頃のことだったと思う。10年ぶりくらいにはじめて同級会に出た。永岡君も出ていたのだろう。連絡先を交換し,もうひとりの友人と新宿で会ったときのことも書いた記憶がはっきりとある。そのあたりは端折って,要は新井薬師前駅南口のスナックでの記憶なのだから。

昌己と週末入っていたスタジオに永岡君が参加したのは数回だった。たぶん最初に入ったあとのことだと思う。どこか居酒屋で飲むか,という話になった。永岡君が「スナックないの」と聞いてきた。そんな中途半端な問われ方をしても答えようがない。スナックの用途がわからず,いきおい必要でもなく,入ったこともなかったわれわれに,あるかどうかさえ答えようがなかった。とりあえず駅前まで行き,見つけたのが入ったこともないそのスナックだった。

ドアを開けると,L字型のカウンターと奥の窓際にテーブル席が2つほどあるのが見えた。カウンターにはいかついおじさんがひとり座っていた。われわれは20代を折り返したばかりだったのだ。

その年のはじめ,われわれは高知の友人に誘われて,キャラバンサライという名のライブハウスで演奏をした。後にも先にも社会人になってからスタジオに入りはじめたバンドがライブを行なったのはそのとき1回だ。

いかついおじさんと二言三言,やりとりをせざるを得ない状況になったのだろう。「バンドをやっているのかい」「アマチュアですよ」「ライブも?」そんな感じだ。

で「この前,高知に行って,キャラバンサライというライブハウスで演奏してきました」と言った途端,いかついおじさんが「キャラバンサライで演奏ったのか。有名なライブハウスだよ」とママさん(というのか)に向かって言う。「イギリスじゃなくて,高知ですよ」「知ってるよ。高知出身なんだ」と話が転がってしまう。

この前,夕食のとき,文林堂書店が閉店した話をしていたところ,久しぶりにこのときのことを思い出した。たぶん,以前,ここまでのこと書いたように思う。

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