鄙びた02

ホテルのシェフとしてのキャリアは箱根富士屋ホテルからはじまったという。その後,ホテルニュージャパンに移った後,あの火災が起きた。

「それでここに移ってきたんです」

私たちは近くの道の駅まで送ってもらう車中,宿泊先の店主の話を聞いた。ゴルフ場のファサードをぐるりと半周し,海に向かう下り坂で彼は車を止めた。

「残念,今日は見えませんね。晴れていると大島から伊豆七島がきれいに並ぶんです」

眼鏡をかけていない家内はさておき,娘と私はそれでも,島の稜線だけはわかった。

「わかりますよ」

「さすが目がいいですね。80歳を過ぎるとさすがに見えませんね」

ゆっくりと坂道を下り切ったところで左折して本線を流していく。防風林の向こうは夏になると賑わうという。

道の駅で下してもらった私たちはそれから1時間半あまり,店を眺めながら過ごすしかなかった。

鄙びた01

週末に家族と館山へ出かけた。当初は本牧の古いホテルに宿泊して元町や中華街をみて歩く予定だった。一度は予約したものの,家内から「あのホテルみたいだね」といわれて,確かにどこか感じが似ていることに気づいた。閉館前に宿泊したバンドホテルにどこか似ていたのだ。

当時でも家内と二人だから過ごせたものの,子ども連れで末期のバンドホテルに泊まることはできただろうかと考えた。

結局,館山の食事つき宿泊施設に予約を入れなおして,新宿から館山へ向かったのが28日のことだ。

施設に乏しいだけで海はあるから半日くらいぷらんぷらんしていられるだろうと思ったら,意外と面白かった。昨年できたばかりの堤防でおおきなスズキを釣り上げた人がいたり,砂浜を歩きながら,それなりに面白かった。

宿泊するのは彼方に伊豆七島が見渡せるあたり。しかし何せ一日にバスが数本しかない。15時前にバス停に向かい,そこから50分近く,海岸沿いを蛇行する道沿いに進んだ。進むごとに景色から人の匂いが消えていく。人工的で鄙びている。妙な風景だった。

初島クラブから港に向かう途中の植物園にとても似た加減で鄙びたテーマパークでしばらく遊び,宿泊先へ向かった。

宿泊先はこぎれいで,その昔,ジャック・マイヨールが長居したというところ。夕飯は美味しく,ばかみたいに大量の料理を出す旅館に比べ,はるかに上品な量がよい。(つづきます)

Facebook

30年ぶりに高校時代の友人と連絡がついたのはFacebookのおかげ。

昨日,はじめて酒を飲みながら話していて不思議だったのは30年前の話題(だけ)ではなく,この間にお互いが見てきたものの話をしてそれがそれなりに通じてしまうことだった。

3.11の話をし,お互い家庭をもち,子どもの話題になったあたりで,どうした塩梅かすっかり忘れてしまったのだけれど,エリック・ホッファーの「希望ではなく勇気」が3.11後,なぜかしっくりくるとぼくは言った。友人がこう続けた。

「でも,子どもに『希望をもて』とは言えるけれど『勇気をもて』とは言いづらいよな」

頷きながらもう一杯,酒を飲んだ。

『エリック・ホッファー自伝』の該当箇所をめくると,それは次のようなフレーズだった。

自己欺瞞なくして希望はないが,勇気は理性的で,あるがままにものを見る。希望は損なわれやすいが,勇気の寿命は長い。希望に胸膨らませて困難なことにとりかかるのはたやすいが,それをやり遂げるには勇気がいる。闘いに勝ち,大陸を耕し,国を建設するには,勇気が必要だ。絶望的な状況を勇気によって克服するとき,人間は最高の存在になるのである

「勇気をもって向かっていった奴が先に死ぬんだよな」
友人がぼそりと呟いた一言が忘れられない。

鶴屋町

横浜駅西口地下街を突き当り,地上に出て歩道橋を越えたあたりに最後に出かけたのは1999年のことだと思う。当時,月に一度くらいの頻度で会議があったのだ。社会福祉会館で開催されていたその会議は,翌年,神奈川県民ホールで行われた学会の実行委員会で,それまで二俣川の病院を会場にしていたのを,参加者を広げるために,会場をこのあたりにしたのだという。

会議の前や後にファミレスや地下の喫茶店で内内の話し合いをした記憶よりも,バナナレコードや楠町のレコード店,寄り道の記憶が懐かしい。

新しい参加者の意見に古参が反論する不毛な会議が何度か続いた後,桜木町に会場を変えたあたりから古参の参加が減ってきて,学会が迫ったこともあり,おのずと回の全体像を固めざるを得ず,後半は事務的に進めることができた。いきおい,楠町あたりというとギスギスした会議がよみがえってくるのだ。

仕事の用事があって鶴屋町へ出かけた。バナナレコードは相変わらず店を開いており,そこに至るまでの雰囲気は10数年前とあまり変わらない。

はじめて副都心線経由で東横線に乗った。意外と便利だ,これは。

市川02

井上 エコエコアザラク。

市川 ヘコヘコアザラシ。

市川哲史『さよなら「ヴィジュアル系」』

結局,一番笑ったのはこのくだりだった。1981年から数年間の「ロッキン・オン」の影響がいまだあることに慄きながら笑うなんて。

400ページ近くを一気に読ませる懐かしい文体はさておき,井上貴子との対談がとにかく面白いというか,共感できる。実はそれだけなんだけど,この本。

 

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