このところ

12月に入ってから初めてのポスト。4本の企画を同時並行ですすめながら,2本は減速,1本は下版になり,1本も明日下版になる。某小説家の新連載サバイバルレースを思い出すものの,こちらは下版までもっていかないかぎり一銭も懐に入ってこないから,諸々のネゴシエイトが必要になる。

加えて,経営上の懸案を数か月分,クリアするために書類をつくり,申請する。メンタルに堪えるな,これは。おかげで,眠りが浅いのか,忘れたと思っていた知人などが日替わりで夢に登場する。面白い夢があれば,何でこんな夢,というのもある。

とはいえこの時期,酒の席が増える。金曜日に義理の息子と事務所界隈で飲んだ。当初は下落合あたりに行こうと思っていたものの,近場にあるとんかつ屋に入った。四半世紀以上前,引っ越してきたことのことだったろうか。とてもうまいけれども客あしらいに一癖ある店だと,どこかで読んだ記憶がある。店の前を何度も通ったけれど,だから店内に入ったことはなかった。

それが,旨いのと,居心地がよいのとですっかり長居をしてしまう。そのあと,川を挟んで反対側にできたジャズバーを覗いてみた。カウンターに客はひとり。二人で入った。義理の息子は途中で帰ったものの,結局,看板まで飲んでしまった。カウンターの客とはこの地に共通の知人がいるようで,話が合ったり,知らないことを補完し合ったり。

翌週の水曜日は本郷三丁目で終電まで飲み,翌々日に徹や昌己,和之と中野で落ち合う。少し前に見つけた魚の旨い居酒屋で2時間くらい,そのあと,通りがけに昌己がみた看板をたよりに80年代の洋楽リクエストバーという店に入る。妙に居心地がよく,ウルトラボックスやシュガーキューブスあたりをリクエストした。

今週末は数年ぶりの健康診断の予約を入れている。体調は大丈夫だろうか。

「病いは木から成るの」と書いたのは津野米咲だが,「気」を「氣」と書く奴はだいたいやばいと看破したのは誰だったのだろう。

どこかにそのことがひっかかっていた。YouTubeをだらだらと流しながら仕事をしていると,SNSに「シルクロードのテーマ」という言葉が流れてきた。喜多郎か,と思いYouTubeで検索するとすぐに出てきた。喜多郎って何しているのだろう。喜多郎をひっかけて新しいタブでWikipediaに飛ぶ。おお,1981年に「氣」というタイトルのアルバムを出しているじゃないか。このあたりをたどると,「氣」の流れ(流行のほう)がわかるかもしれない。

ということで,ファー・イースト・ファミリー・バンドのリンクをクリックする。ピンク・フロイドのパクリで有名なバンドだ。それくらいの知識しかなかったのだけれど,宮下文夫の略歴をたどると,ああ,このあたりに「氣」の源流のひとつがあるのではないかと感じた。

坂本龍一だっただろうか,どこかで「ファー・イースト・ファミリー・バンドとかツトムヤマシタとか」というくくりに,日本風(後のタタミゼみたいなものだと思う)をばかにしながら批判していたような記憶がある。ツトムヤマシタね。このあたりまったくかすっていないので,YouTubeでファー・イースト・ファミリー・バンドとツトムヤマシタを聴いてみた。

1970年代初めのいろいろなところでの敗北が,こんな感じでねじまがって潮流をつくったのだろうと思った。日本風のはずかしさというか,居心地の悪さを体感しないことには,たとえばミカバンドの「黒船」のシニカルな側面は伝わらないのだろうなあとも感じた。かすっていなかったけれども,ねじまがった潮流のはずかしさだけは上澄みでも染みているので,ああ,こんなことだったのだなあと,勉強になった。散開前YMO時代,坂本龍一の細野晴臣批判は,たぶん宮下文夫やツトムヤマシタのはずかしさをシニカルに対象化せずに,どこか継承していたからではないかなあとも。

女性性

思いつたので忘れないうちに。

数年前,フェミニズムに関する本を編集した流れで,著者のインタビューをとったときのこと。「女性性とはなにかが掘り起こされていない」ことにより,ケアとフェミニズムの関係がややこしいことになっているのではないかという発言があった。

正義の倫理とケアの倫理の対比から始めて,ネガティブケイパビリティとケアあたりまではなんとか整理がついたものの,いや,整理をつけるからやっかいなことになるのだ。

ケアという気配が,その場をもちこたえることに軸足を置くとすれば,その気配は,解決したり断定したりすることを一義的な目的とはしない。断定したり解決することとケアという気配は質がまったく異なるということ。

女性であれば女性性をだれでもがもっているという誤謬を持ち出す必要もなく,ケア=もちこたえることは,性別を問わず,もちこたえようとするところに生まれる。と,まずはしてみる。

たぶん,口が重たい人の言葉や,文脈を整理すると意味のある内容がまとまらない人の言葉が社会的な力をもたなければ,女性性という価値をつまびらかにすることはできないのではないか。

女性性が優位となる社会,女性性が一般化された社会とは,正義の倫理からみると,あれやこれや解決して判断したくなる状況が目につくだけかもしれないが,そこに生まれることが社会に容認されるならば,それはなんとすてきなことだろう,と思うのだ。

このところ

1冊の雑誌を10日くらいで校正,下版までもっていくのが通常になりつつある。いきおい,慌ただしさだけで一日が終わることしばしばだ。

10月上旬,家内と娘がTDLに出かけた。帰ってきてから家内が風邪気味で,回復まで1週間近くかかった。新型コロナ感染が流行する2か月くらい前に,どうしたわけか似たような症状だったこともあるので,今回も今後,38℃台の熱形が続き,最初は鼻水,そのあと咳という症状の感染症が流行りはしないか気になる。

11月のみちくさ市に出店することができる。たまりにたまった島田一男の文庫から最低でも10冊くらいを並べる予定だが,売れないのだろうな。

書き留めておかないと,結局,どのようなことがあったか忘れてしまう。

Windows Update

このところ何も問題が起きなかったので,月末にWindows Updateをかけてしまった。更新自体はすぐに終わったものの,そこからが難儀なことになってしまう。

再起動すると

  • ネットの検索ができない
  • SNSに貼り付けてある画像が見えない
  • プリンタを認識しない
  • さらにWindows Updateをかけようとするがつながらない(これが致命的)

といった症状が発生した。

決算後の処理などが続く時期のため,手元のパソコンの不具合は何とかしなければ。

とりあえず更新データをアンインストールする。同じ日に複数のアップデートがあったようなのだけれど,検索して出てくるのは1本のみなので,9月30日にアップデートしたファイルをアンインストールしては,再度,更新履歴を確認し,ファイルがあればアンインストールする。

再起動したところ,今度はパソコン自体がうまく立ち上がらない。セーフモードもなんだか怪しい感じで立ち上がらない。

このあたりになって,しばらく前のWindows Updateでも似たような症状だったことを思い出す。なんとか立ち上がったので,一日前の状態に戻す。

プリンターの問題は解決しないので,一度,ドライバーをアンインストールして,Microsoft IPP Class Driverを切った後,ドライバーをダウンロードしなおしてインストールしたところ,何とか使えるようになった。

Windows Updateの確認を1か月止めて,ようやく仕事を再開した。

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