東浩紀の活動から,ときどき刺激を受けることがある。たぶん最初は,環境管理社会についての連載のなかで,セキュリティの語源と配慮をつなげたあたりの文章で,それは今も続きをあれこれ考えている。
大塚英志との対談の壊れ具合は,島田荘司と綾辻行人の対談のようで影響を受けたというよりも,これもありなのだと思った。ただ,東浩紀も大塚英志も島田荘司っぽいので,ネガティブな意味合いから面白く読んだ記憶がある。
ゲンロンはときどき覗くくらいで,一回だけ平沢進と斎藤環の対談に出かけたくらいだ。星野博美の著作はゲンロンとつながる前のもののほうがよく読んだ。
数日前,YouTubeで東浩紀と津田大介が6年近くぶりに邂逅するものを見て,これが面白かった。東浩紀の来歴を検索すると,思っていたように転校の経験が記されていたからだ。ああ,東浩紀は転校生だったのだなあと,ただただ感じた。
親の転勤,社宅の都合などで,私は小学1年生から3年生まで毎年1回,転校をした。通ったよう学校はだから4校になる。日吉の小学校は半年ほど,そのあとは宇都宮の2つの小学校を1年,小学3年のときに転校した先の小学校にようやく腰を落ち着け,6年生まで通い,中・高校までは同じ地域に暮らした。
転校のたびに環境がリセットされる転校生は,どこかで友人とのつながりが自分の意思とは関係ないところで途絶える,あきらめのような姿勢を身につけざるを得ない。過度に友人との関係を引っ張らずに,リセットされた先でとりあえずの人間関係を築く。
3回も転校した身になると,そうした処世術は縮小再生産されるようで,ただ物理的距離が数メートル離れただけの友人とでさえも,席替えで関係性が遠くなってしまったこともある。
小学校,中学校,高校,大学と,学校にやってくる人の生活圏が広くなるに従い,なんだか転校生の処世術から少しずつ解き放されていったように思うのだ。
津田大介が東浩紀に言った「友達が必要なんだよ」という意味合いの言葉は,だから転校生にとって,その重みの大小があるにせよ,自分が転校生であることを思い出させるに足るひとことだったように響いた。