いつの日も家のなかで肩身が狭くなるのは本,雑誌の山だ。 週末に何年ぶりで本の片づけをした。保存していたことさえ忘れてしまった本が次々に出てきた。まあ,それだけ場所をとっていたのだけれど。 「文藝」1995年冬季号の特集は,上野俊哉編集だと思う「1968年そのとき何が起きたのか?」。上野俊哉による矢作俊彦インタビューが掲載されている。

Second hands
このところ,月にしてかなりの量の古本を手に入れる日々が続いている。矢作俊彦と中井英夫,開高健あたりまでは,コレクションをしようにも作品数が限られているので,こんな状況に陥らなかった。結城昌治と三好徹のスパイ小説を読み始めてから増えたというだけでは説明がつかないように,ずっと感じていた。
確かなのは,刊行される新刊の点数は増えているのに読みたい本が新刊では手に入りづらく,一方で,古本屋でそうした本を目にしたとき,とりあえず買っておかないと次にいつ出会うかわからないという不安のようなものがあることだ。
でも,それだけではないような気がする。
童夢
高校時代の友人と30年ぶりに飲んだときのことだ。
最後に話したときは『気分はもう戦争』が出たばかりで,新星堂の本売り場,小説コーナーのや行あたりを眺めていた私を偶然,通りかかった友人が見つけたのだと思う。私は矢作俊彦の小説を眺めていたのだ。ただそれから実際に読み始めるまで,どうしたわけかしばらく時間があった。
だから,私と友人の間で最新の漫画は『気分はもう戦争』で,それ以降,漫画について話した記憶どころかまったく事実がない。
石森章太郎のコマ割りの凄さについて,酒を飲みながら話すことができたのは,だからそのときがはじめてだった。30年間忘れていたが,友人と漫画についてはやけに趣味が合ったのだ。
「石森章太郎以降で,大友克洋の『童夢』一コマ以外,すごいなあと思ったコマはなかったな」
「バストショットとせりふで物語をすすめるのが漫画だから」
「ほんとうにささいな一コマなんだ」
で,週末に実家へ戻り,『童夢』を探し出して見つけたのがこのページだ。左上のコマを初めてみたとき,心底驚いた。自分がエッちゃんになって,消防隊員に呼びかけられているかのように場面を描く。カットが団地のカタストロフィのなかにあるから,とてつもなくその効果が伝わる。『童夢』には有名かコマがいくつもあるけれど,強烈さではこのコマが一番だと今でも思う。

Earthquake
現存する数少ないコンパ,江古田コンパにアースクエイクというカクテルがある。われわれの間で通称「江古田コンパのばばあ」と通っている店主に,私はこの酒を振られて何度か確かに潰れた。1杯目はジントニックだとかマティニとかを飲むのだけれど,「まあ強い」とかなんとか誘い言葉につられていつの間にかアースクエイクを飲んでいるという塩梅だ。
最初に飲んだのは忘れもしない,娘が生まれた次の日で雪が残っている晩だった。昌巳と当時は江古田に事務所をもっていた櫻田さんと3人で入った。30歳を過ぎてアルコールが腰にきたのはあの日くらいだと思う。ばばあに潰され,よくあの階段を降りられたと思う。
当時,大泉学園に住んでいて,駅前に停めた自転車に乗って帰った家までの距離が長かったのは,かなり蛇行運転したためだと思う。
翌日は編集会議だというのにほとんど仕事にならなかった。
で,今朝,地震の夢をみた。非道い夢だったような気がする。昨日,義父のところで焼酎を飲みすぎたせいかもしれない。
Decade
こんな感じで10年書いてきて,何が変わったかといって,10年前はそれなりに落ちだとか面白さを記憶のなかから探していたことが,今やほとんどそういう気持ちが無くなったというか,気にしなくなったことだと思う。
部屋を片づけようとして積み重なった本の山から平井和正の『サイボーグ・ブルース』が出てきて,たぶん今世紀になって初めて読み返した。矢作俊彦よろしくチャンドラーの引用がこんなに多かったことに気づかなかったのが不思議なくらいたくさん引用されていて面白かった。アダルトウルフガイシリーズの後半から幻魔大戦シリーズ以降は,熱心な読者でなくなったものの,ときどき長編を思い出したかのように読むことはあった。
矢作俊彦も平井和正も,長編でなくていいから,というよりも短篇や中篇をもっと読みたいというのが正直なところだ。