Routine

喬司とはここ数年,年に1,2回は飲むようになった。バイクを手に入れたとか,ギターの練習しているとか会うたびに何か新しいことに手を染めているのは凄いと思う。喬司に関しては,どうも「手を染める」という表現になってしまうのだけど。 この前も昌己とともに池袋で待ち合わせた。話すことはたわいのないことばかりだ。ただ,四半世紀以上かけて身についたやりとりの呼吸に,ときどき心底ホッとする。

私が赤羽で仕事を終え,池袋へやってきたというくだりで,

「駅でペイティさんみたいな人をみたよ」と言うと,昌己は,

「赤羽でペイティさんみたいっていったら,それはペイティさんだろう」

そうだな,確かに。

関内

北山修が自切俳人名でライブ活動やラジオに登場していた時期は昭和50年代のことだ。その折り返しの頃,横浜と高崎でライブが開催されたことがある。このときだったかどうか不確かだけれど,九段会館でもあったはずだ。

当時,自切俳人(とヒューマン・ズー)のドラムは木田高介が担当しており安定していたのだけど,なぜかPAを通して音を出すということをほとんどしていなかったため,ブラバンのティンパルスといった風情の音だったことを覚えている。

それは神奈川県立青少年センターのライブに出かけたときのこと。当時,桜木町の駅を出て16号を渡り一本,道を入り横浜駅方面へ戻ったところに小さな書店があった。そこで何を思ったのか白土三平の神話シリーズの一冊を買って会場に入った記憶がある。桜木町にしても関内にしても,JRの駅のまわりは賑やかな場所から少し離れたところという印象をたぶんその頃から持った。

関内へは平成に入ってからよく出かけるようになったけれど,駅前だけで事足りるという印象を持ったことは実のところなかった。

仕事で市役所へ行った帰り,夕飯をとって帰ろうと思い北口のあたりに出たところ,ここが関内かと思うくらいに賑やかになっていた。結局,伊勢佐木町まで足を伸ばしたものの,印象は様変わりした。

茗荷谷のタヌキ

今日の日記です。

会社帰りに春日通りから不忍通りに抜けるバイパスのあたりにタヌキがいた。あたりの様子からすると,いても少しもおかしくないのだけど,都内で遭遇する野生の動物というと,いまだ野良犬,野良猫と雀,烏などの鳥以外,思い浮かばない。

Portrait

このあたりも,どの雑誌に掲載された記事か当りがつかないのだけれど,生井英考によるインタビューを伴って10ページの記事というのだから凄いものだ。そのうちの4ページ。次回に残りを。
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