ロンドンはずれにある,そのパブでは月に何回かエルビス・プレスリーのものまねショーが開催されていた。
物見遊山で出かけたときのこと。
探し出し見つけたそのパブは,ビルの地下にあった。急な階段を降りきると,扉はなく,そのまま店内に続く。少し広めのカウンターとテーブルが数席。バンドが入るスペースはなかった。
スタートまで時間はあったが,それにしても閑散としていた。空気は澱む。カウンターに4名。テーブル席は1つが埋まっているだけだ。地味な男の隣に席をとった。
そろそろスタートになろうかという時間,店内の照明が落ちたものの,プレスリーらしき人物は登場しない。と,テープが流れはじめる。やはりカラオケなのだ。
やおらステージに登ったのは,隣の地味な男だ。
「プレスリー? まさか??」
あまりのギャップに,わが目を疑った。
スポットライトを浴びる彼は,相変わらず地味ではあったものの,それなりに見応えはあった,としておこう。
ラストの曲,客に手を振りながらステージを降りた彼は階段の奥に消えた。明るくなった店内には,緊張感のない空気が相変わらず漂う。
ウイスキーをもう1杯飲み終えると,最後の客になっていたことに気付き,席を立った。外はすでに暗い。階段の途中に何やら人影がみえた。そこから3歩。そ奴は,さっきまで歌っていたプレスリーだ。目が合った。恥ずかしそうに頷き合うと,彼は階下にもどっていった。
どうやら,あのパブの出入り口は1か所しかないのだ。1ステージ終えると毎回,彼は客がすべて帰るまで,階段途中で待っているにちがいない。
それにしても,なぜ,ロンドンでプレスリーなのだろう?
容姿さえ記憶の彼方にある。覚えているのは,彼の律儀さだけだった。