10/26

休日明けにもかかわらず,朝からからだが重い。とりあえず仕事へ。19時半くらいまで校正をまとめる。帰りに茗荷谷の日高屋で休憩。高田馬場で降り,ブックオフで文庫本2冊購入。帰宅して夕飯。片づけなどして0時過ぎに眠る。

このところ島田一男の『特捜記者―波の墓標』を捲っている。本書が刊行された1970年前後は発表作品数がこの小説家にしては少ないようで,そのためかどうかわからないが,2/3まで謎の引っ張り方がスムーズな印象。つい読み進めてしまう。感情移入しづらい主人公は結城昌治の小説のようだし。

ブックオフで見つけては買い続けていたためか,このところ,結城昌治,三好徹,半村良,島田一男あたりの文庫本をみつける機会が少なくなっている気がする。探しているのは均一棚だけとはいえ,さすがにこのあたりの小説家,流通する本の量が減ったのだろうか。

職場

昌己が奥さんと一緒に,娘が務める洋服店で買い物をしたいというので,少し前に日時を調整した。日曜日の10時過ぎにお店で待ち合わせることにした。

で,家内は旅行の予約電話をするため遅れ,私ひとりでお店まで。娘がいないときに,何度かネクタイやシャツを買ったことはあったものの,仕事中の娘の職場に顔を出すのは初めて。着いたときには,すでに昌己夫妻に対応していた。同期の男性店員と少し話をしていると,休日の午前中だというのに,意外とお客さんが入っている。

買い物を終えた昌己夫妻とともに,この前入ったeggで昼食をとることにした。こちらは休日の昼前なので混んでいる。遅れて家内がやってきて,しばらくあれこれ話す。

13時すぎに別れ,家内とデパートまで。COVID-19対応のため,ビルとビルの連絡通路が軒並み閉鎖されているのだけれど,あれは意味があるのだろうか。東武,西武とめぐり,無印良品まで足を伸ばし少し買い物。夕飯用にお弁当を買って帰る。

疲れてしまい,途中,休憩を挟んだものの,結局,早めに眠ってしまった。

洗濯機

26年使った洗濯機と新たしい洗濯機の取替えの日。7時から8時の間に配送予定時間の連絡があるというので,早めに起きた。とりあえず,玄関まわりに積んだ本と雑誌(STORESに登録を済ませたもの)をリビングに移動させる。洗面台周りを片づけていると電話。10時までには到着予定とのこと。

朝食をとり終ったあたりでインターフォンが鳴る。配送の人が家まであがってきて,まずは使い終えた洗濯機を運び出す。その後を掃除し,新しい洗濯機のセッティング。大きさはほとんど変わらないにもかかわらず,洗濯容量は2.5キロくらい増えている。セッティングを終え,しばらく片づけをした後,少し眠ることにした。

午後は玄関と廊下まわりを片づける。STORESに登録し終えた本・雑誌と登録していないものを分けて,さらに登録順序を考える。シャワーを浴びて,夕飯を買い出しに近くのスーパーマーケットまで。家内とテレビを観ながら夕飯をとる。

家内が早速,洗濯をしたところ,使う水の量が少なく,音も静かだという。白物家電を数年ごとに買い替えるような暮らしをしてこなかったので,最近の家電を使い始めると,変わっていることに驚き,また変わらないこともあるのだと思いもする。

一度買った品物を四半世紀使われた日には,製造業の定価設定やら計画らやは成り立たないのではないだろうか。

契約

19時過ぎまで仕事。帰りに茗荷谷の日高屋で休憩。娘は体調が悪く仕事を休んだそうだ。気圧の影響かもしれない。私も体調は芳しくない。テレビを観ながら夕飯をとり,0時過ぎに眠る。

津野米咲の訃報に想像以上のダメージを受けたのだな。自分で思ってもみなかった。Webのインタビュー記事だったか,雑誌で読んだのか出典は覚えていない。赤い公園がデビューするときのこと。他のメンバーより1つ年上で,プロデビューの言いだしっぺのような形になった津野が,マネジメント会社との契約書に向き合ったくだりがとても印象に残っている。インタビューでそんなことを言ったミュージシャンは他に記憶がない。

20歳になるかならないかの女性4人のバンド,その将来のために,この契約書に書かれた項目を履行していくことになると考えると,読み飛ばせなかったと津野は言う。頭悪いのに一言一句確認しながら契約書を読んだ,というように語っていたはずだ。売り飛ばされたり,妙な仕事させられたりしないかと考え,というニュアンスも含み,それは語られていたように思う。

世の中にいるのは,聞いてしまったことに対して,みずからの責任を感じとる人と,感じとらない人の2通りだ。そんなことフランス人が言ったわけでもなく,格言にも載っていないが。

と書きながら,キング・クリムゾンを思い出した。彼らがデビューするときに交わした契約書には,通常の新人バンドより遥かに高いギャランティが示されていて,それは(たぶん)フリップが交渉の末に勝ち取ったものなのだ。それでも1969年から74年までの間,その他の契約条件(もしくは契約書に書かれていないがゆえの未払い)にバンドは頭を悩ませたという。フリップがバンドに対してとった責任感と,責任を果たせなかった点,どちらもを抱えながらと,そのことを言い換えてもよいだろう。

20歳そこそこの津野は,本気でプロのスタートラインに立ったものの,そこにメンバーを引っ張った責任を当初から抱え込んでいたのかもしれない。デビュー数か月で許容範囲をはるかに越えてしまったプレッシャーのありかを想像する術はない。事実として示されていることは,半年の休息を経て,赤い公園がふたたびスタートラインに立ったことだ。

曲を周知するためにテレビのバラエティ番組に出て,お笑いタレントと交流し,アイスバケツチャレンジにだって参加する。津野がそのことをどのように考えていたかも想像できない。ただ,デビューにあたって契約書を一言一句確認したことと,それらの活動がつながっているように思えてならない。

アメリカでロックバンドが成功を収めるには全州くまなくライブでまわり続けなければならず,ザ・ポリスはそうやってアメリカでの成功を得たのだけれど,YMOにはそうするだけの体力がなかったと,細野晴臣だったか坂本龍一だったかが言った。ただ,そうしなかったことに対する後悔はなかったように聞こえた。

かわりにYMOがとって計画は,少なからずその後のわが国のミュージシャンに影響を与えたのではないだろうか。もともとの音楽と演奏を取っ払ってしまうと。

ということを思いながら,曲を聴いていた。

10/21

20時前まで仕事。休日だった家内と娘は池袋まで買い物に出かけたよう。21時くらいから夕飯。風邪気味なので,総合感冒薬を飲む。島田一男の文庫を読みながら眠る。STORESに注文が入る。私がアクセスが多いだろうと想像する本と,実際に購入いただく本の乖離は相変わらず大きい。どのような経路でアクセスにつながるのだろうかと考え,キーワードを入れたところ,画像データが表示された。画像なのだな,たぶん。

島田一男の捜査官シリーズは,短編集のほうが相応しいのではないかと書いたが,どの事件も,被害者(連続殺人の場合は最初の被害者)は女性で,動機が似たようなものになってしまうのが,もったいない気がする。もっとバリエーションをつくれただろうに。新幹線で出張途中に読み捨てられる中間小説誌の読者向けに書かれたためだろうか。リチャード・スターク名義の作品を「ブルーワーカー向けの小説だから」と切り捨てたウェストレイク張りの冷徹さはないだろうとは思うものの。

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