週末

金曜日は19時前に会社を出た。下落合で家内,娘と待ち合わせて夕飯をとる。みちくさ市の準備は土曜日一日でまとめることにする。と,会社に財布を忘れてしまったことに気づく。土曜日の貴重な時間のうち,数時間を会社への行き来で費やすことになってしまう。

土曜日は午前中早々からみちくさ市の準備を始める。昼過ぎに家内と隣のスワンベーカリーで昼食。そのまま会社に行き,財布を取って戻ってくる。ばかみたいだな。加えて,ほとんど使っていない娘の自転車を,家内が乗るというのでメンテナンスに行く。時間の余裕がないときに,得てしてこういうことをしてしまう。

この自転車,だいたいが両輪ともパンクしたまま自転車置き場でほったらかしになって2,3年は経つだろうか。10段くらいのギアがついた乗り心地のよいものだ。

子どものころ,自転車を買ってもらってからかなりの間,日曜日は午前中から自転車を洗ったり,サビ落としで磨いたりして,午後からは友だちと少しずつ遠くに向かって出かけた。高学年になるころからはポータブルラジオを携え,山の中腹の電波状態がよいところでBCLごっこだ。アンテナを建てるよりも,電波状態がよい場所へ移動するほうが手っ取り早い。

だから,自転車は何か遠くを見るために欠かせない道具だった。遠くを知るためにも欠かせない道具だった。三輪車や子ども用の自転車でかせぐ距離とは比べものにならないほど,自転車を通して,町と町が道でつながる様子を把握していった。

バスや電車,自動車では把握できないつながりが,自転車を通してみる世界にはある。

そんなことを思いながら,両輪パンクの自転車を押していく。昨夜,夕飯を食べる途中に見かけた店は自転車ショップではなく,トライアスロンの店(よくわからないが)だそうで,店の主人から小滝橋の店を紹介された。10分くらい押して店に着いた。1時間くらいで直るという。高田馬場のあたりまで歩く。みちくさ市の準備をする時間がますます短くなっていく。

駅の西口の古本屋というか,ホームレスがピックアップした雑誌の販売がメインの店で,紙ジャケットのくるり『街』と,スティーブ・ライヒのCDがそれぞれ100円で置いてあったので買う。

小滝橋まで戻り,自転車を受け取って,家に帰る。

みちくさ市の準備を進め,家内と夕飯を食べに行き,戻ってきてから続き。結局,いつも通り,23時くらいに値札の印刷が終わり,Zineとは名ばかりの冊子を1時間程度でつくって印刷。眠ったのは1時過ぎ。

直行で蕨に行く。10時に改札で待ち合わせ。

何回か前のみちくさ市のとき,塩山さんと宮本さんとあれこれ話すなかで,蕨にあった古本屋のことを思い出した。そのことはたぶん書いたはずだ。東口を降り,線路際を川口に向かってしばらく戻ったあたりにあった店で,そこに店があることをどのようにして知ったのかは覚えていない。当時,越谷に住んでいたから,浦和から大宮あたりまでは古本屋を探しに行くことはあったものの,蕨,川口,赤羽……上野,池袋から浦和までの間隙に足を踏み入れることはまったくなかったはずだ。京浜東北線の車中から見つけたのだろうけれど。

だいたい徹と出かけていた当時,蕨の古本屋には一人で入った気がする。中央に天井まで伸びる書棚が据えられていて,そこを仕切りにして通路が馬蹄形に確保されている。内田百閒の文庫を買ったような気がするが,会計のとき,店主と買った本について二言,三言交わした。

店内に入り,しばらくすると「お茶いかがですか」とおばあさんが声をかけてくる。遠慮せずに湯呑を片手に棚を眺める。そうすると何か買わずに店を出られなくなる。本を決めて湯呑を戻しながら会計をお願いする。30年以上前,そうやって少なくとも3回は店に行ったはずだ。

平成に入ってからしばらくして,店が閉まったような記事を見た気がする。

塩山さんから聞いた話の内容はすっかり忘れてしまった。ただ,今も店はあるような話ではあった。蕨で打ち合わせなど初めてのこと。帰りに寄ってみようと思った。

打ち合わせは長引き,駅前に戻ってくると12時を過ぎていた。とりあえず昼食。路面の看板を見て,ランチ営業中の居酒屋に入るつもりだったにもかかわらず,のれんをくぐるとラーメン店に入ってしまっていた。つけ麺を食べてから,線路際を歩く。

なごみ堂の位置関係は,だいたい記憶のあたりだ。もちろんお茶が供されることはなく,品揃えも記憶とは違う。もう少し手前だったような気がするし,ただ,このあたりに古本屋が開いているだけでもうけものだ。ぐるっと店内をながめ,島田一男の『去来氏曰く』を750円で購入。探せば面白そうな本が出てきそうな感じだったけれど,すでに13時を回っている。

西口にも古本屋があるようだ。平日に古本屋めぐりの時間がとれることが万が一あれば,また蕨にきてみよう。

3/10

延ばし延ばしにしていたパソコンまわりの再セッティングに着手。有線ルーター,無線ルーター,パソコン本体などので電源,ケーブルを一度抜き,設定しなおす。

TP Link C9以外が問題なく設定を終え,ブリッジモードに着手するが,やはりうまくいかない。プリンターのWiFi接続も相変わらずダメだ。しかたないので,C9はブリッジモードを断念,プリンターはパソコン側から接続履歴を削除して,再設定しなおす。

と,どうしたわけかドライバーをインストールするよう指示があり,プリンターのドライバーを入れなおした(というか,インストールしただけ)ところ,数か月ぶりに無事,認識するようになった。

ここまでで昼を過ぎてしまった。昨日買った絵皿を京都の知人に贈るため,郵便局の本局までいかなくてはならない。ついでに高円寺に寄り,弟に頼まれた件を済ませることにした。

14時過ぎに家内と家を出た。本局まで歩き,落合から地下鉄に乗り,高円寺まで行く。庚申通りのうどん屋2階の喫茶店で昼食をとる。そのまま「博士の店」に行き,サイズ外のTシャツが注文できるか確認してもらう。アニマル洋子で「サンデー毎日増刊 劇画とマンガ第3集」。ダディ・グースの作品が掲載されているもののはず。ビニールがかかっていて確かめられないものの,欠損2ページ程度らしい。並んでいる第2週は4,000円なのに,こちらは1,500円。つい買ってしまった。

家内と落ち合い,少し店を見る。娘と待ち合わせて,続けて古着のチェック。手持無沙汰だったので,さきほど買った本を見てみる。目次にはダディ・グースのクレジットがあった。しかし,パラパラと捲っても,それらしき絵が出てこない。3回ほど捲りなおし,まさかと思い,欠損ページと思しきあたりを確認すると,切り取られた端に「ダディ・グース」の表記が残っている。

まさか。

甘かった。

意気消沈しながら,家内,娘と紅茶専門店に入り,夕飯をとる。20時過ぎに駅まで行ったものの,ワンショルダーにはiPhoneの気配がない。ざっと探したものの見当たらない。さっきの喫茶店に忘れてしまったらしい。東中野で落ち合うことにしてpalを戻る。

しかし,店どころか,店に入るビルとビルの隙間の,上海ならば,この間隙でラーメン店が営めるくらいの隙間に門があって,それが閉ざされている。高円寺だろう,ここ?

さらに消沈して東中野まで行く。タクシー乗り場に向かうあたりで,iPhoneの気配を感じた。ワンショルダーのどこかにあるのか? ゆっくり探すと,バッグ院バッグのなかにおさまっているiPhoneを見つけた。

家に着いて,ドラマ「3年A組」が始まるまで風呂に入った。慌ただしい一日だった。

国分寺

花粉が非道い。1年半の舌下免疫療法では太刀打ちできない。

午前中,食事をして,予定ではパソコンのセッティングを見直すはずが,14時すぎまで眠ってしまった。起き出して,家内と国分寺に向かう。

仕事でお世話になっている北杜市在住のイラストレーターさんが,4,5年に3,4回くらいのペースで,近所の陶芸家の個展の際にミニコンサートのために出てくる。だいたいが国分寺のギャラリーだ。

17時からライブだというので,慌てて家を出たものの,すでに間に合いそうにはない。新宿駅で遅めの昼食をとり,国分寺に17時過ぎに到着した。ギャラリーに入ると椅子席は満杯で,立ち見で30分強のライブを観た。

もともとギターが上手い人だけれど,さらに音色に磨きがかかっている。アコースティックギター2本とカホンのトリオ編成。かなり音が厚かった。

終わってから,陶芸家さんの作品を選び,絵皿一枚を購入。京都に住む元同僚に贈るためだ。英文メールの添削というか英訳で折々にお世話になっている。

昌己夫妻と落ち合い,そのまま南口の居酒屋を物色に行く。あとでイラストレーターさん,また娘もくるというので,6名分の席を探す。ほんやら洞はすでにいっぱいで,その手前の店に席を確保して,イラストレーターさんを待つ。

昌己の奥さんと会ったのは一年振りくらい。お元気そうでなにより。少しして娘がやってきて,21時すぎまであれこれとたのしく話した。

911

しばらく前からプリンターの調子が悪い。昨夜,娘が就活のために企業サイトから登録証をダウンロードしプリントしようと試みるが,なかなかうまくいかない。今朝,しばらく調整したものの,プリンターとWiFiでつながらず,その理由がどうにもわからない。

週末に調整しよう,ということで会社に出た。

帰りに駅前の本屋で「新潮」4月号を購入。矢作俊彦の「ビッグ・スヌーズ」掲載を確認する。「The Wrong Good-bye/ロング・グッドバイ 」で二村永爾シリーズが復活してから後,「チャイナマンズ・チャンス 」,「ルッキン・フォー・ビューティー 」,『フィルムノワール/黒色影片』がそれぞれ新作として各誌・媒体に連載された。最新作「ビッグ・スヌーズ」はときどきの描写からすると,設定は21世紀に入ってからしばらく後のことのようだ。読者が忘れてしまうことを懸念してだろうか,小説家は,思い出したようにその時代の符牒を差し込む。

『ロング・グッドバイ』は時代設定は2000年あたり,まだ,911は起きていない。『フィルムノワール』は911を過ぎてしばらく後,「ビッグ・スヌーズ」が描くのはその後の事件だ。『ロング・グッドバイ』が「アメリカ人にさようならを言う方法はいまだ発明されていない」と締めくくられた後,にもかかわらず,シリーズにおもに登場するのは中国人であり,米国人の関与が,それまでの作品に比べると圧倒的に少なくなった。それが新鮮であり,また,ややとっつきづらく感じることもある。

まずは連載がこのまま順調に進み,完結することを願って。

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