8/6

暑い。会社の行き帰りに向田邦子『思い出トランプ』を捲っている。「ような気がする」と終わる文章があちこちにあることに気づく。16時過ぎに退社。中井の日高屋で休憩して,2篇くらい読む。伊野尾書店で『プレイボール2』を購入。家に戻り,少し横になる。頭痛が出てきた。このところ右側なのだけれど,今日は左側。どちらも歯の治療跡(右側が治療中)で,偏頭痛と歯科治療の関係はどうなのだろう。起き出して,水を飲み,横になる。

家内が帰宅したので夕飯。22時過ぎくらいから頭痛が非道くなってきたので,薬を飲み横になる。結局,3時過ぎまで眠ってしまう。したくをして続けて眠る。

SNSを眺め,あれこれと考える。北山修が『人形遊び』以降,ジョン・レノン事件後くらいまで述べていたことを思い出す。ベイトソンの「複製技術時代の芸術」をもとに,リアルのゆくえを東浩紀よりはるか前,述べていた論考は面白かった。それはパーソナルコミュニケーションとマスコミュニケーションを切り分けるもので,メディアを通しての出会いをパーソナルコミュニケーションとしてとらえるなかで生まれる喜悲劇に眼目を置いていたはずだ。

パーソナルなコミュニケーションを,マスコミュニケーションとして換骨奪胎する術を,たぶんいまだ私たちはもっていないのだろうなというのがひとつ。

パーソナルな,もしくはパーソナルと称されるコミュニケーションのノイズを,マスコミュニケーションのなかで処理しきれないやっかいさがもうひとつ。

リアルのなかに,それらが混在してしまう。まあ,それで出会いがしらに遭遇しないというのはゾーニングの手段のひとつとして否定できないものだろう。ただ,ジョン・レノンだって忌野清志郎だって,亡くなってから聖人君主のように扱われる,そう扱われる面があることには違和感を覚えてしまう。それでは,大槻ケンヂじゃあるまいし「死んだら神様か」から何も変わらない。

アナーキーとナターシャセブンの間にある隔たりをふと思い,受け手が被害者の立場からそれを考えることなど,はたして可能なのだろうかと考える。オットー・クレンペラーの逸話が,近年のSNSに準じて流されたなら,「新世界」や「イタリア」をたのしむことができないのだろうか。そのあたりの感覚にどうもおさまりがつかない。音楽は味方なんだけれど。

カリッ

一連のエントリーに何度が記した地元にあった青果店の話。娘が保育園の頃,迎えの帰りに家内と2人,立ち寄るようになった。元はといえば,私が会社帰りに桃を買ったことだったはず。その桃は固いもので,関東に生まれ育った身には,これまで遭遇したことがないものだった。カリッとしたその桃が美味しくて,青果店のおじさんの目利き具合を実感した。

10年位前,おじさんの闘病とともに店が畳まれた。カリッとした桃は,だからそれ以後,都内で見かけたことがない。

一日遅れで家内の誕生日の食事を吉祥寺でとった。18時に待ち合わせだったので,少し前に着き,線路際を新宿方面に戻る。懐鮮食堂はビルに2階にある。まだ休憩中のところをうかがい,1時間後に予約がとれた。

古本屋を少し覘き,アトレに向かう。家内,娘と落ち合った。少し買い物をして,レストランに向かう。ランチのプチコースがディナーでも選べるというので,そちらを頼んだものの,手のかかった料理の数々。前菜の一皿に5品近くが鮮やかに盛りつけられている。パルマ産の生ハムを贅沢に厚く切り落とし,桃と合わせてあった。フォークを寄せて口に入れるとカリッという音がした。

スープ,メインの鯛のパイ包み焼き,デザートまで,しっかりと料理された皿が次々に提供され,すっかり満足した。会計を済ませると,シェフが送りに出てくださる。そこで,地元の青果店の話をした。こちらの店では奥さんの実家が山梨だそうで,桃の季節になると,カリッとした桃を実家まで調達に行かれるそうだ。シーズンも終わりだし,どうぞと桃を2個包んで持たせてくださった。

とても気持ちよく帰路についた。家に戻ると「刑事コロンボ」の「別れのワイン」が。これ,たぶん,放送されたとき,カセットで音だけ録音したのだ。見ながら,後半の名場面の音が記憶のなかで蘇ってきた。

Lunch

16時過ぎに退社し,池袋三省堂の古本市を覘く。昨夜は頭痛が起きなかったので熱中症のためだったのだろうと判断したのは数時間前,本を見ているうちに頭痛の気配。結局,何もかわずにフロアを出る。「アラン」のバックナンバーのいくつかは手が伸びそうになった。

西武のセブンイレブンでハウスブランドのスポーツドリンクを買い,頭痛薬を飲む。セブンイレブンのスポーツドリンクは水よりも安いことを知る。お弁当売り場をチェックし,お弁当を買って帰る。帰宅後,眠る。20時過ぎに起き,お弁当で夕飯。会議だったという家内も帰宅,22時過ぎに遅番の娘も帰宅。「踊ってばかりの国」の国立地球屋でのライブ,今日まで観られるはずなので,テレビで観た。

社会人になってから,面倒なことのひつとに昼食がある。上司,同僚と毎日出かけていたことがあるものの,ほぼ同じような上長への悪口があまりに続くので辟易してしまった。それでも数年は一緒に出掛けたのだけれど,あるときからひとりで食べるようになった。

よほど,昼食のときの悪口がトラウマになっていたのだろう。体調が悪い夜,何年かに一度,当時の職場の様子を夢で見ることがある。夢だから事実ではない。ただ,職場の感覚はたぶん,あの頃,私が感じていたものの再現だ。気まずさと,狭い関係性のなかで,どこに軸足を置くか迫られる。

選択とは,いくつも選択を経て選択されるものだというが,世間での選択は,たった2つしか選択の余地がない状況で目の前に現れることがほとんどだ。選ぶしか道がないことを,人はなぜ,よしとするのだろうか。AとBがあって,どちらも非道いものであることは少なくない。当時の職場の雰囲気は,もともとが小体なものだから,選ぶ/選ばないの選択肢自体,大して意味があるとは思われなかった。どっちもどっちなのだ。

夢のなかで私は,一緒に昼食に行かなくなった上司・同僚と仕事のことで対立する。対立というよりも,私の考え方が理解されない状況に陥る。上長や会社の代表は,彼らと意見が異なる。まだ私の考えに理解を示す。いきおい私はそちら側についたようなかたちになる。小体とはこんなときやっかいだ。もちろん夢のなかでの話。

同僚とは上司がいないところでは,それなりに意思疎通が図られていると私は感じている。しかし,二項対立に陥るやいなや,図られていると感じていたはずの意思疎通が埒外におかれる。そのことが,なんだかつらい。

夢で演じられるくらいだから,覚えてはいないけれど,当時,似たようなことが何度もあったのだろう。もともとは考え方の違いをお互いが諒解しないままものごとが進む状況に問題がある。昼食を一緒に食べに行こうが行くまいが,そんなことはどうでもよいはず。

にもかかわらず,昼食を一緒に食べに行かなかったことが前に出てくる。ブロンソンではなく,フロイトなら何というだろう。

8/3

というわけで,偏頭痛か熱中症かわからない症状のため,朝は30分くらい遅刻。広告をつくりながら雑誌の下版を済ませる。17時半過ぎに退社し,高田馬場の日高屋で休憩。司城志朗『ミスター・レディに赤い薔薇』を読み進める。手を入れると矢作俊彦の『マンハッタン・オプ』に使えそうな物語もある。『マンハッタン・オプ』の手練手管に比べ,こちらは事件→容疑者→真相と律儀に構成されている。雑誌のなかに1篇埋もれていると光るだろうけれど,このスタイルばかりでまとまると変化に乏しく感じる。独特の文章の軽さは貴重だとは思うが。

帰宅し,1時間ほど眠る。夕飯をとり,22時過ぎに娘が帰ってきた。「私が好きなマンガ,なんだろう?」と尋ねられて,そういえば娘がマンガを読む姿を見たことはほとんどなかったと気づく。浦沢直樹の『MONSTER』かなというので,小さい頃,水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』を読んで,ビンボーズとかぺったらぺたらことか言っていたことを思い出した。昌己に,読むマンガが同年代には通じないんじゃないかと心配されたことがある。

クーラーをつけて寝たためか,夜半の偏頭痛は起きなかった。熱中症だったのだろうか。

このまま,Storesにアップした司城志朗の本を読み返してしまいそうな気がする。

熱中症?

連日,夜半の偏頭痛は続く。午前1時から4時くらいまで,それも日中には起こらない。寝汗もかなりかいている。もしかすると偏頭痛ではなく,熱中症かもしれない。クーラーはからだに重いので扇風機をまわしてはいるのだけれど。

土曜日は体調がすぐれず,会社で仕事するのはやめにした。午後から家内と高円寺で買い物へ。久しぶりに野方経由。サッドカフェで遅めの昼食。小さな店だけれど,コーヒーも料理のデザートも手がかかっていておいしい。バスで高円寺まで行き,まずは修理を頼んでいた娘の靴を受けとりに行く。そのままルックをあがり,古着屋で家内の買い物。旧体制の赤い公園のサイン色紙が飾ってあるパン屋に。スーパーマーケットで買い物をし,少し早めに夕飯をとり帰宅。

日曜日はシャワーを浴びて朝食をとる。昼くらいに家を出て,会社へ。18時過ぎまで仕事とマンションの管理組合の仕事を少し。高田馬場で家内と待ち合わせ,夕飯をとる。ブックオフへ寄り,雑誌3冊購入。週明けから早番なので早めに寝たものの4時くらいに頭痛。薬を飲む。

司城志朗の小説,新書を中心にStoresにアップした。司城志朗の作品に似ているのは結城昌治だと思う。ハードボイルドやサスペンス小説の衣をかぶったパズラー,ユーモア小説というあたりが。ただ,どちらも今読むと,軋むところがときどきある。ユーモア小説のそれは宿命かもしれないが。

片岡義男のエッセイのどこかにあったと記憶しているが,米国では,ふつうの人々が物語を消費物のように漁った時期があったそうだ。寝る前の物語1編,への欲求と,それに応える雑誌が幸せに出会った時代だ。数多の物語がつくられ,消費された。数多のなかに,後々まで残る名作が生まれた。映画やポップミュージックと同様に。

司城志朗の小説は,その当時の物語,それも多くが読み捨てられる物語に倣っているように感じる。冒頭に魅力的な謎が示され,合理的に,あるときは偶然や超常現象によって解決される。登場人物はデコラティブで,容疑者は生活を感じさせない人形のように薄っぺらく描かれる。文章は読みやすく,レトリカルだ。人の通俗性を刺激もする。

ブルーカラー向けの小説だよ,と嘯くリチャード・スタークのようだ。

しかし,ブルーカラーが小説を手にとらなくなって久しい。いや,ブルーカラー向け小説というカテゴリー自体,しばらく前からコンセンサスを得ることが困難になった。ブルーカラーが小説を手にとろうがとるまいが,結局,そうした物語は,好事家の読み物になってしまったのではないだろうか。造作が平易なだけに,なおさら軋みを生んでしまう。

昭和60年代から10年くらいのあいだに発表された司城志朗の小説は褒め言葉としてディポーザブル・ノヴェルなのだと思う。読み終えなければ捨てられることはないはずだけれど。

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