流し

新宿ゴールデン街を紹介した番組のなかで,昔は流しがまわってきたという話が出て,あれは新宿ゴールデン街だろうかとしばらく考えた。たぶんそうだったのだ。

新宿ゴールデン街には数回しか足を運んだことはない。それはまだ20代の頃で,すでに矢作俊彦の小説に嵌っていたので,自分ではあえて近づかなかった気がする。連れられて行ったのだ。

16時過ぎというのに,社内には誰もいなかった。そこに北原さんがやってきたことは覚えている。北原さんは会社のOBで,そのときは定職についているのかどうかわからない様子,情報を広告会社に流しては生計を立てているらしい。

飲みに誘われた。17時までは電話番をしなければならなかったけれど,その時間,用事があると,たいていはファクシミリが流れてきた。かかってくるかどうかわからない電話を待っているのはばからしい。北原さんに誘われて,ゴールデン街にしてはまだ時間が早い頃から飲み始めた。そのことはいつか書いたはずだ。そこは田中小実昌が通ってくる酒場で,ママさんがお通し用に納豆をかき混ぜているところに遭遇した。

つらつら思い出すに,流しと遭遇するとしたら,まず考えられるのはこのときだ。たぶん,「星の流れに」とか「東京の花売り娘」とか,つまりは戸川純が「昭和享年」でカバーした曲を頼んだ気がする。ただ,当時の時系列と微妙にずれが生じているのだけれど。

まださびれていたころの新大久保で,上司が行きつけの飲み屋に連れられて行ったことがある。もしかすると,あのときかもしれないが,とにかく昭和の終わりから平成の初めあたり,流しはいたのだよな。

連休

土曜日は午後から家内と墓参り。

折りたたみ傘を抱えて,昼過ぎに家を出た。寒くなってきたにもかかわらず毛布一枚で眠ってしまったので風邪気味だ。昼は船橋シャポー別館の喫茶店でとる。家内が本館のセールを少し見て,花を買い,バスで墓地まで。運動公園で何かあったらしくバス通りが混んでいる。墓参りに行き,5割以上の確率で渋滞に遭遇する。

17時の閉園前に駆け込む。雨が降ってきた。帰りのバスはスムーズだ。船橋シャポーのセールをみるという家内と18時過ぎに喫茶店で待ち合わせる。本屋を覘き,先に喫茶店に入り半村良『英雄伝説』を読み終え,小林信彦の文庫本を読み始めた。どちらも一箱古本市に並べたもので,面白いのに売れないものだ。読み返すと,本を汚してしまうことがあり,ますます売れそうにない。

家内と夕飯を買い,家に着いたのは21時くらい。夕飯をとり,テレビを観た。

日曜日はシャワーを浴びて会社に出た。仕事を片づけたものの,座談会はいまだ方向が見えてこない。18時に池袋のauショップで家内・娘と待ち合わせる。契約内容の変更をした。そのまま南口公園並びでできた洒落たダイニングバーで夕飯。ジュンク堂近くの珈琲店でコーヒーをテイクアウトし,飲みながら帰る。

月曜日は午前中から座談会の原稿整理。1/3はめどがついた。後半の刈り取りがなかなか進まない。15時過ぎから30分くらい横になる。先に出かけた家内と待ち合わせるために吉祥寺まで。途中,落合郵便局でロッキンジャパンフェスのチケットを取ってくる。ヨドバシカメラで冷蔵庫を見る。買ってから25年経つ冷蔵庫の調子がよくない。同じ頃に買った洗濯機,掃除機も現役で,わが家の家電製品は得てして寿命が長いのだ。家内は共働きで,日中使わないからだというけれど,そんなものだろうか。

小一時間で決めて,大学帰りの娘と待ち合わせ,コピスの地下の洋食屋で夕飯。東中野のブックオフに寄る。読書会の課題本『まるで天使のように』が半額近くで置いてあったので佐野洋『赤外音楽』とともに購入した。また,雨が降ってきた。

7/11

枕詞のようになってきた,気圧のせいか。起きたときの頭痛が続く。腸の動きが悪いので,その影響があるのかもしれない。

20時過ぎまで座談会のまとめ。内容は面白いものの,なかなか構成が見えてこない。木片から仏像(かどうか知らないが)を掘り出す作業に似て,とにかく全体像が見えてくるまで時間がかかってしかたない。プロのライターは,そのあたり,最初から見えているのだろう。

半村良『英雄伝説』を捲っている。一箱古本市に並べた本を整理しているなかから,通勤途中に読み直してみようと思い引っ張り出した。私にとっては,並べている本はもう一度,読み返したくなるものばかりではあるものの。

10代に,半村良の小説は『下町探偵局』以外,手を出すことがなかった。企業小説に絡めた伝記小説の開拓者の作品は,その頃の私には何が面白いのかよくわからなかった。1970年代後半,伝説シリーズの評判は高かったので,それでも『獣人伝説』を買ってみた。解説を読んだり,シリーズの他の本を眺めたりしながら,結局,他の作品に手を出すことはなかった。

当時のSFの定義(のようなものがあるならば)は,探偵,ルポライター,研究者など,とにかくサラリーマンではない一匹狼が事件に巻き込まれ,世界の謎にぶつかり,闘うというもので,アダルトウルフガイシリーズやせいぜい『日本沈没』,さらに80年代にかけて隆盛した伝記小説のイメージだ。何冊か続くと,評価は上がる。ヒロイック・ファンタジーは冒険小説だったし,ディックやバラードを読み始めるのは少し先のこと,だいたいその程度のものだった。

半村良の小説に登場するのは,会社員とバーテンダー,子どもの頃,弟は「会社帰り,屋台のおでん屋で一杯ひっかけて帰る,そんな生活が夢だった」らしいけれど,SF小説として,そうした話を読もうとは思わなかった。

読んだことはないものの,流行っているらしい 池井戸潤の小説に伝奇小説を接ぎ木したような『英雄伝説』は,もしかすると,今のほうが評判は高くなるかもしれない。テレビドラマ化する池井戸作品がなくなったら半村良を漁れば,似たような(もちろん半村良の方が先に書いている)作品がいろいろあるのではないか。後半が伝奇小説になるから,広告代理店間の競争にカタルシスを求める層には受けないだろう。

まあ,10代に読んで面白さを感じなくても,それはしかたない。

1998

1999年のゴールデンウィーク。たまたま入ったミャンマー料理店の空気を思い出すことがある。昌己と何かの用事があって中井で待ち合わせ,昼飯を食おうということになった。川沿いを歩きながら誘われるままにミャンマー料理店に入った。たぶん看板が出ていたのだと思う。

薄暗い店内に何枚かの油絵がかかっている。その一枚はかなり不安定な構図で,見ているだけで目が回ってくるような按配だった。客はもちろん,店員もいない。とりあえず壁沿いのテーブルについて待った。

その年のゴールデンウィークは天気がよかった。開けっ放しの扉から店内を抜け,川沿いの調理場の奥まで風が流れる。14時をまわっていたと思う。店内の薄暗さと風が心地よかった。

そのうちに店員が注文をとりにきた。まだ,昼間からアルコールを飲むのはめずらしい頃だったけれども,その日は昼間から飲んでしまった。音楽もテレビも流れていない店内で昌己と二人,ばかな話をしていると,シャン族の郷土料理だという黄色い豆腐を麺にしたラーメンが出てきた。サービスでお茶の葉の佃煮もテーブルに乗った。ここは中井なのだろうか。

その後,この町でそう感じることが何度かあった。

駅前の通りまで戻り,落合に向かうと右手に吉祥寺のロンロンの地下にあるのと同じ生パスタ屋がある。左手にはCDショップがあって,ポニーキャニオン時代のクリムゾン関連のCDと DIW/SYUN レーベルのCDがここぞとばかり並んでいた。そのあたりとクラシックの品揃えは,小体な店内の割にすばらしかった。

さらに右手にはまだ,ふつうの駅前書店だったころの伊野尾書店がある。当時は,踏切の反対側にあったブックスフレンドの方が品揃えはよく,ときどきの企画も面白かった。改装されるのはもう少し先のことだ。

坂のあがり途中の左手に総菜屋(これは今もある),その先に西武書店(書房?)という古本屋があった。雑然として初手から棚に並べることは放棄された本や雑誌が積まれていた。当時,中井には古本屋は一軒だけだった。上落合にもう一軒,上落中通りを進み,早稲田通りを越えたところにもう一軒,古本屋があった。東中野銀座通り商店街の一軒を加え,自転車で回れる範囲に古本屋は十二分なだけ開いていた。

この坂の右手には武谷三男が事務所として使っていたマンションがあり,坂を登り切り,道なりに右に進むと,ポリシックスのハヤシの実家と思しきクリーニング店がある。

再び駅まで戻り,踏切を越えたすぐ左手に揚げ物・弁当の「さぼてん」があった。その先に肉屋,向いに青果店と小さなスーパーが並ぶ。今はファミリーマートになっているコンビニはam/pmで,酒の品揃えがよかった。パチンコ屋をぐるりと取り巻く道沿いは,意外と続いている店が多い。

am/pmの前の道を突きあたると左手にみずほ銀行があって,ここはもともと,帝銀事件の予行練習事件の舞台となった銀行だった場所だ。いまはセブンイレブンになっているところに何があったか記憶にない。前にあった建物を壊し,マンションを建て,その1階がセブンイレブンになったことだけは覚えている。

T字路を右に折れると和菓子屋があって,娘がここのお嬢さんと保育園から一緒なので,家内も娘もいまだに親交がある。娘が小さい頃,家内と一緒に和菓子を買っていたところ,「お店のお菓子で何が一番好きか」という話になった。家内は栗蒸し羊羹(ここの店の栗蒸し羊羹はすばらしくおいしい)と答えたものの,娘は天使の卵と大きな声で答えたらしい。名前からして和菓子ではないこと丸わかりの,店が問屋から仕入れているワッフルのような洋菓子を名指しし,家内ははずかしくてしたなかった。

和菓子屋から先はビルに建て替えられた店が多く,記憶にあるのは,朝早くから開いているお豆腐屋で(豆腐屋はそういうものだけれど),ここのご主人は娘の保育園の行き帰りに声をかけてくれた。並びに自転車があり,煙草屋にはいつも寝ている猫がいた。斜め向かいには洋菓子屋のラ・レフィーネがあり,美味しい割に値段がリーズナブルだったので,よく利用した。目白のビストロ・風見鶏のケーキはどう考えても,この店の商品を使っていたとしか思えない。

1998

今も昔も中井駅の改札口は1か所しかない。場所が変わったのは数年前のことだから,まだ記憶にあたらしい。その頃は短い階段を上がったところに改札口があり,西武新宿行の電車に乗るにはホーム前方の階段をまたいで行かなければならなかった。それ以外の手段はなかった。今も似たようなものではあるが,改札口に向かう通路が駅の北側から地下に掘られたため,かなり便利になった。便利にはなったものの,北側の入口に改札口を付ければ遥かに便利になるにもかかわらず,そうはならないのが,いろいろ煩わしいところだ。

下落合駅の改札はその頃,西武新宿行側だけにしかなかったので,線路の北側,2つの駅のほぼ中間に家がある私は,高田馬場方面に行くときは下落合駅から乗車し,帰りは中井駅で下車した。義理の父と飲んでいたとき,誇らしげにそのことを伝えると,私の話はまったくピンとこなかったらしく,なんでそんなことをするのかと一笑に付された。

中井駅の改札口を出ると,目の前にはお菓子のコトブキ,線路際のビル1階には携帯ショップが入っていたあたりからこっちの記憶はある。2階はタイ料理屋サワディーだ。

サワディーが入っているスペースは1982年前後,レンタルビデオ屋だったらしい。「東京おとなクラブ」のコラムで読んだ記憶がある。サワディーはまだ,おばさんが1人で切り盛りしていた頃で,店はお世辞にもきれいとはいえず,客もまばらだった。

改札口を出て右に行くと,右手に金物屋があった。水道橋の奥あたりにも系列の店があって,そちらは昌己の会社のすぐ傍だったので,はじめて中井で飲んだとき,金物屋の店名を見た彼は驚いた。

向いの喫茶店,茶月はその頃から店を営んでいた。ならびにあった和菓子屋の場所は今,日高屋の居酒屋になっている。

落合に向かって妙正寺川を越えた右手にはベーカリーDONがあり,2階はカフェスペースになっていた。マンション購入のときか,地盤チェックをお願いしたときだったかは,この2階のカフェで打ち合わせをした。

妙正寺川を新井薬師のほうに向かうと,通り沿い右手に何軒もの店がある。たいやきで有名な店,居酒屋,床屋などを越え,最初の橋の先から向こうにはミャンマー料理店が3軒ほどあった。さらに進むとミャンマー料理用の食材店も一時,開いていた。3軒のうち,よく通ったのは,橋を渡り,右手のマンション1階にあった店だ。

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