11/21

軽い偏頭痛。午前中遅れて出社。いくつかの仕事を終えるといつの間にか18時に。早々に切り上げる。娘の誕生日の食事はどうかと思い,いつも利用しているレストランを覘くと看板が下がっている。単に休業中だったらまだいいのだけれど。このところ,商店街の店,あちこちで閉店が目につく。日高屋で久しぶりに休憩した後,高田馬場まで。ブックオフをしばらく覘く。2冊購入して帰宅。夕飯,テレビといつも通り。

東直己の『バーにかかってきた電話』を捲っている。このシリーズのどこかに矢作俊彦について触れられて記憶があるものの,どれであったかまったく覚えていない。「かなわない」とは感じず,「これなら書けるかも」と思わせるのが東直己のよいところかもしれない。手持ちのプロットを,この文体を参考にして書き直すと,それなりにまとまるのではないか,というように。

いまのところ,この小説に矢作俊彦は登場せず,もう少し,ページを捲ることになりそうなのが,面倒だ。景山民夫の文章で,港区リージョナリズムを提唱する際,前例として矢作俊彦の名をあげているものがあって,これも探しているのだけれど見つからない。港区リージョナリズムに触れた文章は見つけたし,この文脈で矢作俊彦の名が挙げられていた記憶がるのだけれど,まるで,そこだけ抜けてしまったような。

眠りが浅いからか,このところオールスターキャスト総天然色の夢をほぼ毎日見ている。つらくはないが,結果,疲れるのだよな。

Revel

昨年の春以降,月1回以上は,STORESの取引が続いている。値付けはAmazonや日本の古本屋のサイトを一応確認し,私の基準を通したうえで公開する。こんなニッチなサイトの価格をチェックしているのかわからないが,取引となった書籍についてときどきAmazonで検索すると,私がSTORESに公開する前見たときより価格が下がっていることがある。無茶苦茶な価格設定の是正に少しは役にたっているならばうれしいものの,私のサイトでその本が売れてしまった後は,元の定価設定に戻りはしないかと穿ったみかたをしてしまう。そんなことはあるまいが。

一箱古本市に並べているときから,片岡義男ファンが根強くいることは気づいた。塩山さんから,「最近の片岡義男ファンは,初版で状態のよいものにしか手をださないよ」と助言をいただき,手持ちの文庫を確認したところ,初版のものはあまりなかった。それでもエッセイはコンスタントに動いたし,STORESに登録してからも,取引が成立した冊数としては片岡義男の本が一番多いかもしれない。

司城志朗の新書ノベルズを探している人がいることは意外だった。私の感覚では,司城志朗の本を読むのは6割くらいが矢作俊彦ファンで,残りは結城昌治など,60年代から80年代の国内で軽ハードボイルド小説を書く才能があった小説家のファンだろうと思っていたのだ。司城志朗の小説にオリジナリティはあるものの,根強いファンがいる匂いは感じなかった。

もともと手持ちの冊数が多くないからだけれど,司城志朗の本は手元に残り少なくなってきた。一方,結城昌治の小説はこの間,1,2冊動いた程度だ。結城昌治のほうが圧倒的に多くの読者の手に渡っているとはいえ,動き方の違いが面白い。

いまだにAmazonでは,司城志朗の新書ノベルズに3,000円~10,000円の値を付けて並べている店がある。そういう考え方があるのだとは思うものの,私とはとらえかたが違うな。

一度,一箱古本市で,結城昌治と半村良,三好徹の文庫をまとめて並べたときは,結城昌治が少し動いた程度で大惨敗した。このあたりの小説家の作品を,良い意味で時間潰しの読書としてたのしむ文化を掘り起こしたいものだ。ただ,路上やSTORESに並べるだけだけれど。

1/19

おそろしい寒さ。19時過ぎに退社。寄り道する気にはなれない。テレビを観ながら夕飯。早めに寝ようと思ったものの,0時過ぎになってしまう。

石森章太郎の『世界まんがる記』を読み終えた。昔から,この本のタイトルが意味するところは何なのかよくわからなかったことを思い出す。旅行記が好きで何冊も読んできたものの,筆者が石森章太郎だという先入観があるからかもしれないが,これまで読んだなかでかなりおもしろい部類に入る。

それまで貯めたお金に出版社から前借までして,70日かけて世界一周旅行に出かける。1960年代早々に,ツアーでなく,23歳のマンガ家の選択としては吹っ飛んでいる。矢作俊彦が「百愁のキャプテン」を書くにあたり資料をあたっていたとき,明治期の日本人は,想像しているより遥かに海外と行き来していたことに気づいたと,どこかで語っていた。「nobody」のインタビューだったかもしれない。それが徐々に海外に出なくなり,戦後もその流れは続いていたような気がした。

話がそれてしまうものの,この10年ほど,新たなジェンダー論が百花繚乱だけれど,ある社会学者の意見として,戦前・戦中までの女性は想像しているよりはるかに強かったのではないか,と聞いたことがある。「戦後 女と靴下は……」などと,フォークルを通して聞いた身としては,そういうとらえかたもあるのか,と。別の方は,高度成長期とは果たして高度成長とだけとらえてみても,そこから零れ落ちるものがたくさんある,と。1960年から70年代早々の時期に何が後退していったかをみる必要があるとうかがった。なにをどのようにとらえて,事実と照らし合わせていくか。

閑話休題。

で,石森章太郎は天才だった。もしかすると,その人生のどこかから天才ではなくなってしまったかもしれないが。努力して天才になったわけではなく,もともと天才だった。子どもの頃,たぶん,なにもかも未分化なまま,そこに惹かれていったのかもしれない。以来,何度も「こんなはずでは」と思わされながら,最後まで天才・石森章太郎の足跡をたどろうと思った。

『世界まんがる記』を読み返しながら,何度か,やっぱりすごいなあ,と感じた。

丸の内

土曜日は体調がすぐれない。一度起きてからまた,横になってしまう。マンションの理事会の件だと思うのだけれど,ブザーが鳴ったようなので,なおさら疲れてしまい布団をかぶって眠る。午後になって起きだし,食事をとってから丸の内まで。起業の準備を進める予定が,ブースが借りられる2時間のうち,1時間はマンションの理事会対応に費やす。その後,経理関係の資料をチェックして18時に終える。東西線でそのまま中野まで出て,中野ブロードウェイの均一棚で3冊購入。夕飯用にカレーをテイクアウトで頼み,新井薬師前駅経由で帰宅。夕飯をとり,テレビを観ながらマンションの管理組合の仕事を少し。

日曜日は,昼過ぎから丸の内に出る。15時までブースを借り,昨日同様,最初の数十分をマンション関係のメール。その後,関連書籍を斜め読み。15時に終え,東陽町で家内と待ち合わせ。バスで砂町銀座まで行く。停留所を1つ先に行ってしまい,戻りながら砂町銀座にたどりつく。そこそこの人出とはいえ,この時期だからかも知れないが,全体,やけにさびれた印象。通りを一往復して,少しだけ買い物。バスで門前仲町まで行き,カフェに入り休憩する。帰宅後,やけに疲れてしまい,1時間ほど眠る。夕飯をとった後,Webの調整など済ませる。

丸ノ内のスペースは無料で借りられ,WiFiと大量の資料を使うことができる。丸の内といっても,銀座に事務所があった頃,広告や資料を受けとりに小遣いのようなことで行き来しただけで,特に皇居に近いあたりはほとんど埒外の街だ。

年明けから丸の内に何度か通うなかで,仕事をするにはよい場所なのだなあと,いまさらながら感じる。たとえば,東麻布に事務所があった頃,あのあたりに昼間通う会社員は,どこかくずれたところがあって,退社後,調子がよければ六本木あたりまで歩き,通りすがりに映る景色は,あらためていうまでのことはないものの,仕事を引きずらない。それに比べる丸の内は,仕事をしにきている感じが強い。

このところ,石森章太郎の『世界まんがる記』(中公文庫)を捲っている。1960年代の旅行記は面白い。それとともに,石森章太郎の教養の厚さがところどころ感じられる。スペインのあたりまで辿り着いてしまった。ページは残り少なくなってきて残念。

A week

週末になった。

水曜日は在宅勤務。午前中はテキストデータの校正,午後から都立大学で打ち合わせ。在宅勤務ではないな。13時から15時まで。駅前のラーメン屋で遅めの昼食。八雲あたりを少し覘き,自由が丘へ行く。家内と待ち合わせ。2時間の打ち合わせで疲れてしまったのか,早々に喫茶店に入り休憩。パン屋,SALE中の店などを覘き,渋谷で夕飯を調達して帰宅。少し早めに眠った。

木曜日は一日仕事。少なくない店が20時閉店になっている。高田馬場のブックオフも20時閉店。1991年の「太陽」を一冊購入して帰宅。

マンション管理組合の対応で時間がかかる。大枠は管理会社に任せているものの,「管理会社に意見を言っていったほうがよいのでは」とか,価値観の違いがそこはかとなく出てきて,管理組合内で合意形成するのはなかなか大変。土曜日に対面式で理事会を予定したものの,急遽,リモート会議に変更することにした。理事会の数日前から,いくつか意見が出され,それに対応するにはリモート会議が最前と判断した。

私がCOVID-19に罹っていないという保証はどこにもないなか,万が一,理事会がクラスター化したとき,責任の一部が私を含めた個人に及ぶと判断(情けないものだけれど)のうえ,そんな責任をとる必要がない状況ですすめなければならない。当初,対面での理事会を予定した際は,感覚として,「しかたない」で収まるものと思ったが,必ずしもそうした感覚は共有されないようだ。こちらのほうが,もちろんあたりまえのことではあるが。

仕事も,かなり動きがあるしな。全体,とっちらかってしまったものを整理していかなければ。

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