休日

昨日,高円寺についたあたりから体調が芳しくない。風邪かと思い,葛根湯ドリンクを2回に分けて飲んだけれど,朝起きてもあまり変わらない。おまけに鈍い頭痛とくる。

午前中起き出して朝食をとる。薬を飲んで布団にもぐるが,頭痛が気になって眠れない。かといって本を読むためのささいな集中力さえ続かない。しばらくして起き出す。

家内と娘が出かけたので,再びTP-Link C9のブリッジモード設定にチャレンジしてみる。結局,失敗してしばらくWifiにつながらなくなってしまった。j:comレンタルのルーターをLANケーブルで直接,パソコンとつなぎ,復旧策を確認した。C9を再起動して,設定しなおす。何度目だろう。

そのうちに胃の調子も妙な感じになってくる。みかんばかり2,3個食べて,再び横になる。宇都宮の山崎書店で買った島田一男『喧嘩政極道帖』(春陽文庫)を読み始める。こんなお色気小説だったとは知らなかった。1970年代前後の中間小説のメインストリームに則った連作と切り捨ててしまってよいかもしれないけれど, 各編きちんとしたトリックの上に載っていて, トリックに捜査官シリーズのエッセンスが施されている。登場人物の会話はいつもの調子なので,それだけで読み進めることができる。

インターネットラジオを聞きながら少し眠り,起き出して軽く食事を済ませた。しかたなく頭痛薬を飲み,何度目かの眠り。起きたのは20時近くで,パソコンのデータを調整し,テレビを見ていると22時過ぎに家内と娘が帰ってきた。お弁当で夕食。娘はiPhoneXSに機種変更してきた。設定やバックアップデータの復旧にしばらく付き合い,眠ったのは1時過ぎ。一歩も外へ出なかった。

富士山

譲り受けた蔵書の一部を引き取りに行こうと思い,徹に連絡した。来週末で調整したものの,すぐに出張だったことに気づき,一週間前倒しした。

家を出るのが遅れてしまい,10時前に家を出る。新宿で京王線に乗り換え。京王片倉で下車。ホームから富士山が見える。池袋から西武池袋線に乗って練馬を過ぎ,練馬高野台あたりまで数回,天気がよければ富士山が見えることがある。それに比べて遥かに近い。山梨は隣県なのだからあたりまえとはいえ壮観だった。JRの片倉まで歩き,八王子みなみ野で下車。11時半くらいに着いた。家具を移動させ,カーペットをはずし,車庫から粗大ごみを出す。年末にも感じたが,徹とこういう作業をすると,気分は30年前に戻ってしまう。1時間少しで終えて,近くの料理屋で昼食。徹とは駅で別れ,高円寺に向かう。

車内で眠ってしまい新宿まで乗り過ごす。高円寺まで戻り,家内と待ち合わせて,喫茶店で休憩。18時半に再度待ち合わせ,アニマル洋子でバースデーパーティーのCDを購入。越後谷書店で矢野暢の対談本。ブックスオオトリで真藤順丈『宝島』(講談社)。来月の課題本だけれど,数日探してどこにもなかった。ブックスオオトリには2冊あった。

買い物をして夕飯をとり,東中野から家に戻る。

補助線

年明けから20時以降の帰社続きだった。夜に読書会があるので,取り急ぎの仕事を片づけ,18時半くらいに会社を出る。読書会は翻訳者もいらして,久しぶりの参加だったものの面白かった。神楽坂まで歩き,東西線で高田馬場まで戻る。ザ・ハンバーグで夕飯をとる。ここに入ると,ムトウやタイムやレコファンを覘き,本屋,古本屋をまわった後にたどりついた平成初め頃の何度もの夜を思い出す。ブックオフで108円2冊購入して帰る。

大塚英志の新書は数十ページ読み進めた後,最初から読み直す。矢作俊彦の『フィルム・ノワール』を読むときの補助線にいいなあと思った。本人はまったく意識していないだろうけれど,大塚の仕事は結果,矢作俊彦の小説を読む参考になることが少なくない。

読み返したあたりにまとめられた第二次世界大戦中の技術者(とはここには書かれていないものの)が動員される様子は,武谷三男の技術論を読むときの補助線にもなりそうだ。ただ,技術論をもとに,果たして動員にNo!を突きつけることができたか考えると,どうなんだろうというのが正直なところだ。いや,今日さえも。技術を手段体系ととらえてしまうと,転向とは違ったかたちで,技術が戦前から戦後を橋架する様子が露わにされるかもしれない。でも,それじゃ当事者はたまったものじゃないよな。

さんざん「主体性」と問うてきた大塚なのだから,論陣をはるならば,ここは技術を主体が適用する法則性ととらえてもらいたいものだ。まあ,このところの大塚の本は「論」というよりも,Twitterとは違う意味での「呟き」なのだろうけれど。

1/16

1年だったか2年だったかぶりに復帰する読書会の課題図書が カレン・M・マクマナス『誰かが嘘をついている』(推理創元文庫)。年末に買ってから,なかなか進まない前半を越えると,意外とすいすい読み進められた。

青春ミステリというと樋口有介の『ぼくと,ぼくらの夏』を思い出すくらいで,いや,その流れでいえば森雅裕とか,齋藤純(青春ミステリは書いていないか)など,つまりは矢作俊彦を軽くしたような「文体で読む」印象がある。

本書は4人の容疑者が一人称で語る場面を繋ぎ合わせて真相にたどりつく。SNSがガジェットに用いられていて,最近の若者のモノローグ,それも4人分となると,新人作家にはやや荷がかちすぎるのではないだろうか。

フランスの小説よろしく,ほぼ現在形で進む文体はまだしも,SNS時代の若者にしては言葉が多すぎるように感じた。状況や自分の気持ちを,4人それぞれがここまで言葉にするだろうか。唯一,言葉の少ないサイモンにはややリアリティを感じたが,それさえも小説の構造のなかで破たんをきたしている。

作者のかわりとなる登場人物を設定しなかったところに,この推理小説が面白くない原因は集約されるかもしれない。10代の登場人物たちが,40代であっても不思議ではないような。

ということで,大塚英志の『手塚治虫と戦時下メディア理論 文化工作・記録映画・機械芸術 』(星海社新書)を捲り始めた。

Up date

日曜日は午後から墓参り。午前中は会社でサイトのバグを修正し,メールを何本か打つ。14時前にひばりヶ丘に着いた。駅前のコジマ電気を少し眺める。昼食をとる予定にしていた店は14時半がラストオーダーだというので,手前にできた食パン専門店をチェックした。

家内が14時半にやってきて,その店で昼食。パンはプレーンかトースト,量を増やすことができて,トッピングはジャム,スクランブルエッグ,チーズ,チョコレートから選べる。これとは別に塩が4種類用意されていて,これも選ぶ。フリードリンクで,飲み物を変えるたびにディスポーザブルのコップを渡される。このしくみはなんどかしたほうがよいと思う。

バスで墓地まで行き,少し掃除して花を生けてお参り。田無までバスで行く。ブックオフへ寄ったものの何も買わなかった。武蔵野茶房で休憩,夕飯を買って,家に戻る。核P-MODELのYoutube配信を見る。

会社のサイトは,彼がオリジナルでつくってくれたもので,テーマは自社の様式でいくつかプラグインを使っている。WordPressの更新アラートが10数本たまったままだ。

WordPressは昨年末のアップデート(5.0)で,投稿画面の設定が変わってしまった。これが不評だ。私はどうせ今後,使うのだから慣れてしまおうと思い,そのまま使っている。で,もう慣れてしまった。

既存のテーマとプラグインを使っている分には,この手の大幅なアップデートは,まあ問題ない。問題があるのかもしれないが,まだやりすごくことができる。

会社のサイトの場合はそうもいかない。一度,アップデートしてしまい,万が一,これまで調整をかけながらつくってきたサイトの整合性がとれなくなってしまったとしても,すぐに修正する術がないからだ。

アップデートのアラートは,目の前で膨らんでいく風船のようなもので,にもかかわらず自分が手にしているものは左手に針ひとつ。右手は膨らませるところを摘んでいる。アップデートのアラートが30を越えると,針を刺したくなるに違いない。

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