「学祭のとき,部屋借り切ってライブをやろう」
裕一が提案した。そ奴はYMOのコピーバンドからスタートして,ドラム+キーボード+テープという編成でオリジナルをつくり,ライブハウスにも出没していた。サディ・サッズの前座を務めたこともあった。
全員ステンカラーコートづくめでスミスのコピーバンドという,気が狂いそうなルックスのバンドにも声をかけた。われわれと3バンドで日に数回のステージをこなそう。話はまとまった。
何事にも手続きは必要だ。
教室を借りるにあたり,公認・非公認は問わないがサークル名と担当教授が必要だという。
担当教授は,ゼミの教授に引き受けてもらった。
「サークル名は何というの?」
そう問われて,言葉に詰まった。まだ,何も考えていなかったのだ。
「ムジークになると思います」
裕一が咄嗟に言った。たぶん,坂本龍一の「フォト・ムジーク」からの盗用だろう。
そんなありきたりの名前になるはずはなかった。ゼミ室をあとにしたわれわれは,たまり場に移った。
「音楽の友に対抗して,音楽の父というのはどうだ」徹が提案する。「音楽の友」は,学内にあったサークル名だ。
「何だかえらそうだな」
「せいぜい,音楽の父方の妹,くらいじゃないか」喬史が返す。
みんなは頷いた。
サークル名は「音楽の父方の妹」に決定した。
ゼミの教授はあきれ顔で「かっこ悪い! ムジークじゃなかったの?」
そういったきり,学祭期間中,われわれの教室に足さえ踏み入れなかった。